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第12話




「ローレライさん」

それは控えめなあかねにしては珍しく、意思のある強い声でした。有無を言わさぬ、母の声でした。


「さあ、旅行ですよ。私の実家に帰るんです。……一緒に行こう」

最後の言葉は、わたしにというよりはお腹の子供に向けられたもののようでした。


わたしはよく洗った小瓶に移し替えられ、あのひとの家を出て行きました。
懐かしい家を去るのは悲しいことです。
祐の身長が刻まれた柱、あかねのお気に入りの柔らかい座布団、女の人がへたな料理をした炊事場、あのひとの安楽椅子。

どの記憶も愛しく、人間らしい執着と生活感が染み着いていました。




あかねの手の中で、わたしは汽車に乗り、市電に乗り、着いたのは随分寒いところでした。

「ここが青森ですよ」

そう言うあかねの声は安心したように伸びやかで、こんな声を聞いたことはありませんでした。心なしか足取りも軽やかでした。

何マイルも離れていないのに、東京よりだいぶ寒い土地でした。
氷漬けになってしまうのではないか、と震えました。震えは寒さのせいだけではありませんでした、根拠のないおそれがわたしを震わせました。


震えているうちに現れた大きな平屋が、あかねの実家でした。

「ただいまぁ!」

外とは裏腹に暖かいあかねの家には、両親とその両親、弟と妹が沢山(あかねは長女なのだそうです)、犬の一家や外国から来た小鳥なんかも住んでいました。

今さらローレライのひとりやふたり、居ても居なくても気付かないような家で、それで逆に気が楽なのです。




それからしばらくして、あかねは女の子を産みました。
美代という素敵な名前の赤ちゃんは、祐そっくりの見た目で、あかねそっくりの大人しい子でした。

祐にしてやったように宙返りを見せれば、ほにゃりと笑顔を返してくれました。それを見て、わたしまで笑ってしまいました。
そうです、わたしは赤ちゃんをあやすのが得意なのです。


あかねは美代をおんぶ紐で揺すりながら、歌を歌ったり書物を捲るのが好きでした。

ノルウェイのことばでも日本のことばでもない歌が、美代のためのこもりうたでした。
ひそかに欧風の文化に興味があったようですが、そのせいで大層生きづらそうにしていました。

そのあかねの生きづらさは、金魚鉢に移し替えられたわたしだけが理解できるものでした。