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第9話




女の人の好きだったラジオから、わけの分からない言葉が飛び交うようになりました。鬼畜米英だの、天皇陛下万歳だの。
あのひとはそういう言葉を聞く度に、哀しい顔をしてラジオを消しました。



祐は、家に戻らなくなりました。
たまの手紙だけが祐の近況を知らせてくれましたけれど、やっぱり鬼畜米英、天皇陛下万歳ばかりで、何が何だかさっぱりでした。

あるとき彼は、富士山の絵を書いた葉書を送ってきました。
でも富士山の麓には検閲の証が大きく押されていて、風情も何もあった物じゃありませんでした。


あかねはそんな祐の手紙を読む度に、見ているこちらが悲しくなるほど泣きました。
こんなに良い子を泣かせるなんて、と憤慨し、祐が帰ってきたら噛みついてやろうと密かに決意しました。






初冬のある朝、わたしは始めてあのひとの笑顔以外で目覚めました。

けたたましいサイレン。あかねが飛び起き、血の気の引いた青い顔であのひとを叩き起こしました。

「お義父さん、空襲警報です。早く…!」

あのひとも大慌てで起き出し、二人してへんな帽子のようなものを被ります。

何が起きているのか、分かりませんでした。
分かりませんでしたけれど、二人が天敵から逃げる鰯のように慌てていることは分かりました。

あかねは祐からの手紙の束を抱え、あのひとは位牌を持ち、玄関先のわたしの金魚鉢も持ち出しました。
その間にも外からはこわい音が聞こえて、金魚鉢のガラスがびりびりと震えます。

「……っ」

あかねの顔は、恐怖に歪んでいました。泣き叫ばないように努めているような顔でした。彼女が心で叫んでいるのが、わたしには聞こえました。
わたしだっておそろしかったけれど、それを見た途端、恐怖はあわれみに変貌しました。
未知をおそれるわたしとは違い、あかねは既知の脅威に怯えていたのですから。



もし望みが叶うなら、人間になりたいな、と思いました。


人間になれたら、あかねを抱きしめてあげるのに。
人間になれたら、こうして二人に迷惑を掛けることもないのに……。