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第28話






シュウトは、わたしの最後の恋人です。



続柄を数えるには離れすぎているけれど、「あのひと」の血を引く最後の人間です。
たぶん、わたしはひと自体に惹かれるのではなく、あのひとの血に惹かれるのでしょう。



シュウトは、わたしのことばを理解します。
わたしは声を発してはいないのに、金魚鉢越しに意思疎通がとれるのです。シュウトはただひとりの存在です。

いぬとでさえ会話のできるこの世の中で、ローレライと会話ができる人間がかれしかいないのは、わたしがまだ科学者たちに見つかっていないから。



そう、これはわたしの命懸けのかくれんぼなのです。
ルールは簡単。生け捕りにしたらそっちが勝ち、見つかる前に死んだらわたしの勝ちね。

そしてわたしはたぶん、この勝負に勝ちます。





シュウトがわたしを見つけたのは、そう、そのかくれんぼの途中でした。
シュウトが家出を試みていたところ、何千年も前の金魚鉢の破片が見つかって、破片の隙間に未知のいきものが居たのだからもう大変。でもシュウトは聡い子なので、これまでわたしをなんとか隠してくれました。


汚れた大気に風化した金魚鉢がついに砕け散り、シュウトに見つけられるまで五百年ほど、わたしは住む水もない中、飲まず食わずで生きていました。不思議なもので、おなかが空かないのです。
もしや死んでいるのではないかと何度か頬を抓ってみたけれど、それは普通に痛かったのです。




シュウトは、良い意味で現代人らしくないひとです。
永いときを生きるなかで、彼の「考えごと」は偶然にもソクラテスと同じ結論に至り、
想像の世界で奏でられるこもりうたのメロディーをクラウド上の五線に綴り、
かつて存在したとされる概念、例えば愛や死、そんなものについて考えます。





出会ってから毎日、わたしたちはこの平坦な世界で議論を交わします。

この世界で歴史を学ぶことは無意味なのに、シュウトは驚くほど博識です。
存在した憲法のなかで何が最も偉大だったか、世界中の未解決事件の犯人は誰か、ルネサンス絵画の真骨頂を挙げるなら何か、中世の経済学者で誰が一番好きか。


議論を交わしながら、世界中を旅しました。


数々の崩れた建物、破壊され尽くした自然、知っている限りの世界遺産について、わたしは彼に教えてやりました。
旅は百年近くにまで及びました。地球を漏れなく綿密に見て回り、元いた土地に帰ってきたときは、二人揃って腹を抱えて笑いました。
世界ってちっぽけだね、と言い合って。



あとは、こうして昔話をしたり、この世に存在した致死の毒の名前、正史から消された下品なゴシップの数々、女のひとを口説く方法、迷信、寝起きでもできる料理の方法、民族刺繍の襟の縫い方、人智の及ばなかった頃の自然のうつくしさ。


わたしの教えられることはシュウトのそれに比べて低俗だけれど、シュウトはわたしの話を面白がって、すべてデータ化してくれます。
死んだら世界中のクラウドに無差別に撒き散らしてね、とお願いしてあります。






たぶん、もうそろそろでしょう。



ローレライがほんとうに絶滅し、世界唯一のひとを愛したいきものがいなくなり、わたしの思い出話が全世界に拡散され、世界が真に平坦になるのは。