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第13話




美代の首がすわった頃、あかねは、わたしと美代を連れて街一番の学者先生を訪ねました。

学者先生は糸のような細い目に長く髭をのばし、いまにも死にそうな見目の老爺でしたが、知識欲に溢れたあかねの質問に次々答える聡い方でした。



わたしは、あかねと学者先生の数ヶ月に渡る問答のお陰で、ただのローレライには有り得ないほど多くの知識と教養を得ました。



「先生、ローレライについて教えてください」

哲学や生命倫理に関する幾つかの問答の後、あかねはこう尋ねました。
学者先生は鼻を鳴らし、傾いた書棚から古い本を取り出すと、重々しい口振りでノルウェイの民話を語り始めました。


ローレライの伝説を収録した、ノルウェイの民話。

それはわたしにとって、衝撃的なものでした。

正真正銘ローレライであるというわたしのプライド、なけなしの自尊心、胸に秘めていた誇り、それらすべてが吹き飛んでしまうような。






ほんとうのローレライは、歌をうたうのだそうです。

それで漁師の舟を転覆させる、人間の敵、おそろしい怪異なのだそうです。




……わたしは、歌もうたえず声も出せないわたしは、ほんとうにローレライなのでしょうか。



これまで、どんなことでも教えられる前にできていました。卵の殻の破りかた、呼吸のしかた、泳ぎ方、食べ方、何もかも。

でも、歌のうたいかたは知り得ませんでした。
それを知る前に捕まってしまって、だからうたえないのです。



ひとの真似をして喉を震わせても、気泡がこぽりと浮かび上がるだけ。そもそも自分がえらと肺、どちらで呼吸しているのかさえ知らないことを知りました。


わたしは、何も知らなかったことを知りました。
学者先生のように言えば、古代ギリシアの哲学者ソクラテスの「無知の知」でした。


わたしはたぶん、所属が曖昧なまま生まれました。
曖昧なまま、同じ卵の一団として産まれた姉妹たちの輪から、弾かれてしまったのでしょう。

そうして極東のへんな島国で、恋をして、窮屈な金魚鉢に押し込められ、おおきく育つことも出来ず、人間にもローレライにもなれず、また不毛な恋をして、次代に遺伝子を残すことすら叶わぬ密室--。

できそこないの、ローレライ。


衝撃は疎外感になり、次にぶつけようのない苛立ちの形をとりました。




本に飽きたあかねが美代と遊んでいるのが、光の加減で屈折して見えました。
わたしの絶望と裏腹に、腹が立つほど楽しそうでした。

同じ種族同士で争う、おろかな下等生物、人間。一瞬かれらをひどく憎く思いました。


「自死を選択できるのは人間だけである」と聞いたことがあります。
それなら、死のうと思ったわたしは、人間と言えましょうか?



--死ぬのをやめたのは、二人が、にんげんが、怪異であるわたしを認めてくれたから。


ね、貴方もそうでしょ、シュウト。