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第15話




「……祐」

あかねがそう言わなければ、彼が祐であると気付けなかったでしょう。

軍服姿の祐には、右腕がありませんでした。祐は左腕で駆け寄ってきたあかねの背を抱き、それから美代の頭を愛おしそうに撫でました。

周囲に何もない荒野で再開を喜びあう家族は感動的なものでしたが、小瓶のガラス越しに見るそれは少々上滑りして滑稽でした。



つめたいでしょう、わたし。ああシュウト、そう怖がらないで。もうすぐもっとつめたくなってしまうのだから--






密室の中の自分が異質だと知り、学者先生から授かった近代人的観点を持った今のわたしから見て、家はどこか雑然として遠いものでした。
そしてここを去る前と比べて、幾つかの微細な変化がありました。

ベビー・ベッドは何処かへ持ち去られ、かわりとして居間に小さな布団が敷かれました。わたしの金魚鉢は玄関先から居間の食卓の上に移されました。
そして祐は、あかねに暴力を振るうようになりました。


戦争で立派に戦った祐は、ご近所さんからそれはそれは評判でしたのに。世界大戦における武勲の鎧でがちがちになった弁慶は、家では恐怖の対象でした。
そこには、赤ちゃんの頃の面影なんて微塵もありませんでした。右腕と一緒に吹っ飛んでしまったのでしょう。


わたしの失望は激しく、失恋は静かでした。




毎夜毎夜、寝室からはあかねの押し殺した悲鳴が聞こえました。
その意味が分からないほど子供ではありませんが、美代が怯えて泣いているのが可哀想で、夜中によく芸当を見せてやったものです。

そしてあかねの腹は膨らみ、表情には暗い影が差すようになりました。利発さは影をひそめ、どこにでもいる凡庸な女に成り下がりました。


美代は、不安から赤ちゃん返りをしてしまいました。
これからきょうだいのできる、晴れやかな気持ちでいるはずの美代。あのひとがそうしたように、「おねえちゃんになるんだよ」と言うことは、ついに終生できませんでした。