一番最近起きた殺人事件の現場は、屋敷から馬車で一時間ほどの所だった。
今日も今日とて、オリヴィアのセンスを疑う。
外出する日は基本オリヴィアが服を選んでいるが、今日もまた決して質素とはいえない装いとなってしまった。
舞踏会の日よりは落ち着いているものの、相変わらずシルクハットのチェーンは重いし、ロングコートのフリルがうざったかった。
靴が多少厚底になっているのが耐えられず文句を垂れたが、
「主様を立派に見せるためです。」
とだけ返された。
そして今回も胸には黒薔薇。つける理由が分かったものの、胸に薔薇があるのはあまり良いとは思えなかった。
馬車に揺られながら景色を眺めていると、真っ直ぐに前を向いていたオリヴィアが軽く話しかけてきた。
「主様、先程今回の事件が人喰いの仕業なのではないかと仰いましたね。」
「あぁ、言ったな。」
「そんな主様に頭に入れておいて頂きたい情報をお教え致します。」
「情報?」
オリヴィアの瞳を覗きこんで聞き返す。
「人喰いなんて一概にいっても、我々には種類がございます。」
馭者に聞こえぬよう声をおとしてオリヴィアは続ける。
「まずは私の様な人間と契約を交える者。
我々は人間に仕えているため、人間の意に反する行動は取れません。すなわち、通常よりも弱体化しているという訳ですね。」
弱体化・・・その言葉を聞いてテレサとの戦いが脳裏をよぎった。
弾丸を素手で受け止められるのに弱体化か・・・。
「そんな我々ですが、我々が契約を交わし、自ら弱体化の道を歩むのには理由があります。
それは契約を交わしている人喰いの殆どが、力が強すぎるあまり上手くコントロールできないからです。」
意外な新事実だった。オリヴィアも更に強力な力を持っているのか・・・?
「それ故に自ら弱体化することによって能力を扱える程度にまでハードルを下げているのです。」
「なるほどな・・・」
「そして我々とは違う、契約を交わしていない者達・・・通称【野良犬】という存在もいます。」
野良犬?初めて聞いた存在だった。そもそもこの世に人喰いはオリヴィア以外存在していないと思っていたし、
仮に他にも人喰いが存在していたとしても皆誰かと契約を交わしている物だと解釈していた。
「【野良犬】それは契約を交わしていない者達。基本的には私達よりも能力が低い者が多いです。」
「え?そうなのか?」
てっきり、人間に縛られない強力な力を持っているのかと・・・
「そうです。私達の主食は人。どれぐらい人を喰ってきたかによって人喰いとしての格も変わってきます。」
「【野良犬】はこの世に生を受けてから、人を喰った数が少ない者達。彼らはとにかく人を襲うことを目標とし、少しでも多くの人間を口にしようとしています。」
「へぇ・・・」
「なら、もしも今回の事件が人喰いの仕業なら・・・」
「事件を企てる動機は明確でございますね。」
動機・・・力の弱い野良犬・・・
「そろそろ到着ですよ主様。まだ人喰いの仕業だと確定したわけではありませんし、気長にいきましょうね。」
「そうだな。」
例え誰が犯人であれ、僕の治めるここで事件を犯したんだ、ただで済ませる気はない。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。