「・・・確認するが、お前は本当に【人喰い】なんだな?」
「えぇ、何の変哲もない、ただの人喰いでございます。」
目の前で笑うこの女が、人喰いで、大切な僕の記憶を食っただなんて、やはり信じられなかった。
でも、やけに生気を感じられない細さがなんとなく彼女が人ではないことを物語っているような気がした。
「あぁ!伝え忘れておりました!」
メイドは長いワンピースを揺らして振り返った。
「よくお聞きください主様。
私は主様の10年間を頂戴致しました。そうでしたよね?」
「・・・そうらしいな。」
「人間というものは非常に脆い。もはや精神で生きているようなものです。」
彼女は眉をひそめて、細い両手をつきだした。
「そんな人間達から記憶を頂くということは凄いことなのです。」
「私が貴方を一生お守りしたってお釣りがきてしまう位にね。」
人喰いを一生配下においてもまだ記憶のほうが価値がある・・・
顎位に切り揃えられた髪を弄りながら、この女にとんでもないものを差し出してしまったことを改めて実感した。
「そこでです!主様は記憶の代わりに新しい能力を得ています!」
大きな窓から差し込む光が、逆行となって彼女を照らした。彼女の剣のように細くまっすぐな紅い瞳だけがよく見えた。
「・・・その能力とは?」
「それは私には分かりかねます。例えば、人の心が読めたり、結界を張れてしまったり・・・場合によっては我々人喰いと同じぐらいの強さになってしまうこともあります。」
人喰いを配下において、さらに人間まで辞めろというのか。
「どのタイミングで主様の能力が発揮されるか分かりませんので、暫くは様子見でございますね。」
「・・・なぁオリヴィア。」
「はい。」
「やはり僕はお前が人喰いだなんて信じられない。証明は出来ないのか?」
誰かに出会ったらまず疑えと、誰かに教わった気がする。
でもどんなに目を閉じても、ポッカリ抜けた記憶が戻ってくる様子はなかった。
「・・・証明、ですか。」
彼女はぼーっと遠くを見るようにしながら手早くベッドメイキングを済ませた。
「ああ、そうだ証明だ!お前が人喰いだという確たる証拠を、僕に見せろ!」
「畏まりました、主様。」
彼女は恭しく礼をすると胸ポケットから手帳を取り出した。
「これをご覧くださいませ。」
開くと中には、あちこちの貴族に仕えるものや、豪商の名がぎっしりと書かれていた。
「なんだ・・これ。」
「そちらは現在主様及び、パートリッジ家を狙っている者をまとめた物です。」
ゾッとして、思わず手帳を放り投げた。
命を狙われるのは、パートリッジ家当主として当たり前のことなのに、いざこうして具体的に名を挙げられると、気が狂いそうだった。
「赤でチェックがついている者が近々動きそうな者達です。」
「この中から一人、お好きな方をお選びください。」
「人喰いらしく、その方を食って差し上げましょう。」
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。