屋敷の重い扉を開けて直ぐに、甘ったるい匂いが鼻についた。
テレサのときとは違う、香水とは違う匂い。・・・これは、砂糖の匂い?
ディレインが僕のために作るお菓子の砂糖の匂いと同じはずなのに、今この屋敷に流れる匂いはとても不快なものだった。
時計が大きな音をたてる。現在の時刻は深夜2時30分。
さらに一歩踏み出したとき、さらに嫌なことに気づいた。
一つ、また一つ、屋敷のあちこちに、
「・・・あちこちに眼球が転がっていますね。」
僕が言う前に、オリヴィアが呟いた。
多種類の眼球が、まるで僕らをじっと見つめるかのように、転がっているのだ。
「もし、これらの眼球の本来の居所が今までの被害者の元ならば、事件の真相はここで間違いないですね。」
オリヴィアとそんな話をしていると、突然空を切り裂く甲高い音がした。
一瞬だった。
状況が読めずにいると、オリヴィアが音もたてずに僕の前に立ち、飛んできた何かを、しっかりと掴んだ。
オリヴィアの片手には、銀製のナイフが握られていた。
「・・・お前、今の一瞬で飛んできたナイフを受け止めたのか?」
「ええ。」
オリヴィアはそれだけ答えた。
「・・・何だ、当たらなかった。困ります。勝手に入って来られては。」
声のしたほうを見ると、
螺旋階段の手すりに、ナイフを数本持ったリアがいた。
僕の知っているリアじゃない。
今ここにいるリアは、身寄りの無さそうな姿ではない。
長かった髪の毛は束ね、ぼろぼろだった服は、何故だか燕尾服に変わっていた。
「ここは、【お嬢様】のお屋敷なんです。くだらない坊っちゃんには、お帰り願います。」
リアは冷酷に、静かに告げた。
これが彼の本性だと言うのか?
「これはこれは今晩は、リア様。勝手に家の屋敷を抜け出すなんてことするからですよ?お迎えにあがりました。まだ事件は解決していないんですから。」
オリヴィアは笑顔で手を伸ばす。
最早、尋問など必要のない相手を前にして。
「オリヴィアさんが馬鹿なのかは知らないけど、ここに転がってる眼球を見てもまだ、僕の尋問を続けようって言うんですか?」
リアは両手をつきだして笑った。
自ら罪を申告するのか。
馬鹿はどっちだ。
「それに、レイ様は丸腰ですよねぇ?ほんとに何で結界を解いてまで来たんだか。ここにたどり着かなければ僕だって見逃してあげたかもしれないのに。」
パートリッジ家の最強のハウスメイド、オリヴィア=ブラットリー
対するは、
この廃墟の執事だと言い張る、リア=アベラール。
真実を得るためには、勝つしかない。
「リア様、貴方が殺人鬼ということで宜しいのですか?それとも他にお仲間がいらっしゃって?」
「勝手に解釈してくださいよ。僕からすれば、あんたらがここにいること自体、気持ち悪くて仕方ないんですから。」
「【人喰い】の、オリヴィアさん。僕の邪魔をしないでください。」
オリヴィアがほんの少しだけ目を動かした。容赦はしないというはっきりとした強い意志が垣間見える。
「野良犬がなにやら騒いでいますね、主様。暴れることしか能がない奴が、我々を馬鹿にすることなんて出来るのでしょうか。」
「僕が野良犬だってバレてるなら、暴れることに躊躇しなくていいね、助かるよ。」
「「さあ、」」
「「始めましょう。」」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!