高校の卒業証書を渡されたあの日……
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――それは7年前の、淡い思い出。
高校の校庭に立った途端、甘酸っぱい思い出があふれてくる。
相楽大和(さがら やまと)は、家が近所の同級生で、
小さな頃から家族同然で育った仲だった。
やんちゃなガキ大将だったけど、正義感が強くて、
友達を守るためなら、平気で上級生とケンカしてた大和。
そんな大和を、止めるのが私の役割だった。
校庭で咲き誇っている桜はあの時と同じまま……
薄紅色の花びらを風に散らせていた。
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同窓会に参加するため、久々に母校を訪れた。
教室に入ると、懐かしい面々が顔を揃えている。
明るい声がして、高校時代からの親友である
菊池絵里こと、えりちーが駆け寄ってきた。
えりちーの薬指には婚約指輪が光る。
半年後に、結婚式を挙げることが決まっていた。
勤めている会社は仕事が忙しくて、
今まで2人ほど付き合ったけれど……結婚まで考えられなかった。
……で、そのまま現在に至る。
えりちーを囲んで騒いでいると……
ドアが開いて、低く通る声が響いた。
あの頃と、全然変わってない。
7年前と同じ、冷たいくらいのクールな眼差しに、
一瞬で時が戻った様に錯覚してしまう。
あの頃みたいに、素っ気ない先生にみんなが笑った。
冷静な切り返しも、あの頃のままだ。
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――高校3年の夏――
産休の先生に代わって、私たちの担任をすることになったのが市之瀬先生だった。
受験前の微妙な時期。
しかも23歳の新米教師にクラスが動揺する中、
そう言い放ち、教室の空気を凍りつかせた伝説を持っている。
だけど、容赦のない指導に目が覚めた生徒は、成績が上昇。
そのことが噂になり、市之瀬先生はさながら学業成就の神のように崇められていた。
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整った顔立ちと、同級生たちとは違う大人の雰囲気。
いつの間にか惹かれる様になっていた。
数学が必要な志望校に変更したのも、担当の市之瀬先生と話がしたいため……。
照れくさく思っていると、市之瀬先生が唇の右端を上げた。
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――7年前――
あれは、進路相談の後だったと思う。
手元のファイルに資料を戻しながら、先生が言う。
素っ気なくても、全然気にしない。
先生が答えてくれた嬉しさで、私は胸がいっぱいにだった。
先生が静かにファイルを閉じた。
沈黙が苦しい。
でも、もう少しだけ先生のそばにいたくて、席を立てない。
先に、根負けしたのは先生の方だった。
先生の唇の右端が、笑うように持ち上がる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!