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第8話

最終話 薄紅の恋
74
2020/04/03 20:00
市之瀬航太
市之瀬航太
…質問はもうないな?
西山結衣
西山結衣
先生…
市之瀬航太
市之瀬航太
いや、質問があってももう受け付けない
市之瀬航太
市之瀬航太
お前は、答えを見つけてるからな
手からコーヒーマグが取り上げられる。
指先が微かに触れたけれど、すぐに離れていった。
  ・
  ・
  ・
……結衣が出ていき、静かになった研究室にため息が響いた。
市之瀬航太
市之瀬航太
7年前…お前をさらっておけば、良かったかもな
  ・
  ・
  ・
私は息を弾ませて、桜の木のそばへ駆け寄った。
西山結衣
西山結衣
大和!
相楽大和
相楽大和
おー、まだいたのか
桜の木に身体を預けていた大和が、やわらかく微笑む。
西山結衣
西山結衣
うん…
西山結衣
西山結衣
(何から話せばいいんだろう)
相楽大和
相楽大和
手、出せよ
西山結衣
西山結衣
手?
言われるがまま差し出した手のひらに、キーホルダーが置かれる。
西山結衣
西山結衣
イルカのキーホルダー…
相楽大和
相楽大和
やる。オーストラリア土産
西山結衣
西山結衣
可愛い…ありがとう
照れくさそうに笑った大和が、私の髪についた桜の花びらをそっと払った。
相楽大和
相楽大和
覚えてないだろうけどさ
相楽大和
相楽大和
中学の時に、将来は海の生物の勉強がしたいってお前に話したら
相楽大和
相楽大和
俺にぴったりだって、応援してくれただろ
西山結衣
西山結衣
私が…?
相楽大和
相楽大和
やっぱり覚えてないよな。
他愛ない会話だったし
相楽大和
相楽大和
けど、やんちゃで危なっかしい俺を、
止めるばっかりだったお前が、
初めて背中を押してくれたから
相楽大和
相楽大和
すげー嬉しくて、頑張って勉強して…
相楽大和
相楽大和
だから、今の俺があるのは結衣のおかげだ
西山結衣
西山結衣
あのね、大和。
私も言いたいことが…
でも、その声を大和は遮る。
相楽大和
相楽大和
俺、今夜の便でオーストラリアに帰るんだ
相楽大和
相楽大和
最後にお前に会えてよかった
西山結衣
西山結衣
え、最後…?
なに言って…
西山結衣
西山結衣
また、会えるんだよね?
けれど、大和は気まずそうに目を伏せる。
相楽大和
相楽大和
今度、自分の研究チームをもつことになったんだ
相楽大和
相楽大和
当分忙しくて日本には戻れなくなると思う。だから…
大和は『最後』だとは繰り返さず、ただ切なげな笑顔を浮かべた。
西山結衣
西山結衣
もう大和と会えないの…?
この7年間、大和に会えないのが辛かった。
でもそれは……私が大和を傷つけたから、仕方がないって言い聞かせてきた。
西山結衣
西山結衣
(また会えて、普通に喋れて…
昔みたいに戻れるって思ったのに)
西山結衣
西山結衣
(自分の気持ちに気づいても…遅いんだ…)
ぽんと大和が私の頭を叩く。
相楽大和
相楽大和
…市之瀬のことが好きなら、頑張れよ
明るい声を響かせて、大和が背を向ける。
西山結衣
西山結衣
(違う…)
西山結衣
西山結衣
(私が一緒にいたいのは……)
西山結衣
西山結衣
やま、と…っ……
相楽大和
相楽大和
は…?
何、泣いてるんだよ!
西山結衣
西山結衣
7年間、私が考えてたのは…
大和のことだよ
もう伝えても遅いのに。
そう思うけれど、溢れてくる想いが止まらない。
西山結衣
西山結衣
ふとした瞬間に思い出すのは、大和との思い出ばっかりで…
西山結衣
西山結衣
……大和に、そばにいてほしいよ
振り絞るように言うと、大和が脱力したようにしゃがみ込んだ。
相楽大和
相楽大和
気づくの遅ぇーーーー!
西山結衣
西山結衣
ごめん…
相楽大和
相楽大和
バッカじゃねえの
大股で戻ってきた大和が、むぎゅっと私の頬をつねる。
西山結衣
西山結衣
っ、いひゃいって…
相楽大和
相楽大和
だったら…
俺の告白を断ったのは、これでチャラにしてやる
大和に抱き寄せられて、唇を塞がれた。
西山結衣
西山結衣
……ん…っ…
優しいキスに、涙が止まる。
相楽大和
相楽大和
これは、あくまで告白を断った分だからな
西山結衣
西山結衣
え?
相楽大和
相楽大和
7年想ってたぐらいじゃ、全然足りねぇんだよ
相楽大和
相楽大和
俺はずっと…小さい時から
お前のことが好きだったんだからな!
西山結衣
西山結衣
そんなに前から?
相楽大和
相楽大和
ああ、そーだよ、悪いかよ?
相楽大和
相楽大和
5歳から今までの合計24年分、
俺の好きにさせてもらうからな!
西山結衣
西山結衣
それって…チャラになるまで、どのくらい?
相楽大和
相楽大和
このまま、オーストラリアまでさらっても、
お前に文句言わせねえくらいだな
いたずらっぽく笑った大和が、唇を重ねる。
強く抱き寄せられて、舞い落ちる桜の花びらのように、

何度も大和の温もりが、私の唇を包み込んだ。
西山結衣
西山結衣
(もう迷ったりしない)
西山結衣
西山結衣
好きだよ…大和
相楽大和
相楽大和
お前のその言葉…待ってた
7年前と同じように……

薄紅色の花びらは、私たちを包み込んでくれていた。
―END―

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