この日の壱馬はずっと機嫌が悪かった。
腕を組んで、足も組んで机の上だして、ずっと目をつむっていた。
話しかけても『あ?』って言うからそれ以上は話せなかった。
トップが口そろえて言った。よっぽど機嫌悪い壱馬は大変らしい。機嫌悪い原因はあたしの寝坊。どうやらあれだけのお叱りでは満足していないらしい。どこまで罪な寝坊なの!!
さすがトップ北人。あの人は未知だからって、慎に言われるだけある。なんでもお見通しだ。
そこまで凄い機嫌って……。
ていうか、そこまでダメなこと!?寝坊しただけじゃん! しょうがないよ!
たしかにリード動かしてもらっちゃって申し訳ないけど……。そこまで怒ることなくない?
鬼の形相であたしを睨む壱馬にあたしは完全に縮こまった。
あああ。墓穴。朝と同じこと言われてる……。
さっき壱馬を呼んだ声が北人らしくなかった。強くてきつい口調
あたしの知らない『なにか』『らしくない』なにか。
でも、『俺なんか』っていう壱馬らしくない言葉が、あたしには1番辛かった。
あたしが言わせた言葉だと思うと痛かった、凄く。
泣きそうになるくらい―――。
だって壱馬はあたしを救ってくれた。ほんのちょっと前にあたしは貴方に出会ったけれど、そのほんのちょっとがあまりにも長く深く感じてて…あたしの人生に壱馬がこれからもいることを照れ臭いけど、願ったりもしたの。
壱馬は泣き出してしまったあたしをなだめるために立ち上がり、あたしが座る椅子の前にしゃがみこんだ。
…それはどうしても駄目らしい。
嫌じゃない『らしくない』。
なんだか優しくてらしくない壱馬。
壱馬はフンッと立ち上がり、また自分の席にドカッと偉そうに座った。
どうやらその日、その時から壱馬の機嫌はなおったらしい。北人がそう言ってた。
たしかに、おとなしく授業を受けてる(ただぼーっとしてるだけみたいだけど)。
それに安心してあたしは気付かなかった。
壱馬の覚悟も、北人の覚悟も。
2人の『らしくない』の本当の意味も――――――。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!