第7話

衝撃1
344
2020/06/05 16:12
――――――は?

何を言っているの?
あたしは、あたしが知る限り、というか今まで生きてきたけど…
一人っ子だったし、父親さえいなかった。
母親も早くに死んだし。
父親も死んだって聞いてるし。
だから、あたしは一人ぼっちで―――。


まったく信じていないあたしを見て、男はそばにあった棚の上に置いてある写真立てを持って未だ玄関にいるあたしのところに来た。

思わず後ずさるあたしに差し出したその写真たての写真には、たった1人だけ知っている人がいた。
湯浅愛羅
湯浅愛羅
…お父さん……?
家族写真の中にいたのはあたしのお父さんだった。
奥さんらしき人と子供たち。
この小さい子供たちの中にこの男がいるんだろうか?
お母さんと離婚したお父さん。再婚してたお父さん。
……とうことは―――?
川村壱馬
川村壱馬
言っとくけど血は繋がってねぇぞ。お前の親父は、俺のお袋と再婚したんだ
やっぱりそうなんだ。
だから、あたしは男の妹で、男はあたしの兄。義理だけど、血は一滴も繋がってないけど。
川村壱馬
川村壱馬
俺のお袋もバツイチで、前の旦那との子供が、俺。だからお前は俺の義理の妹なんだ。…だから迎えに来た
あたしが一人ぼっちになったの知って、迎えに来てくれたんだ。お父さんが、再婚した先の家族。
だけど、あたしを妹だと言ってくれた。
一人ぼっちになったと思ってたのに。
怖かったのに。
怒ってたのに。
意味わかんないのに。
なんで?
誘拐まがいなことされたのに、なんで?
なんであたし、泣きそうなくらい。こんなに嬉しいの?
家族の存在が、幸せな驚きが。
川村壱馬
川村壱馬
強引にして、悪かった…
あんなに怖かったのに、あたしは勢いよく首を振っていた。
川村壱馬
川村壱馬
なに笑いながら泣いてんだお前
湯浅愛羅
湯浅愛羅
な、泣いてなんか…
実際泣いてたから、慌てて袖で顔を拭いた。あたしの頬より長い黒髪が頬をまとわりつく。

男がゆっくりと手を伸ばし、あたしの頬からそっとその髪をどけてくれた。
思わず、ドキッとしてしまう。
川村壱馬
川村壱馬
とにかく、お前の面倒は俺が見る。だからここに住んどけ
湯浅愛羅
湯浅愛羅
え、でも
高校生の男が不動産屋なわけないし、人に部屋を貸せるほどのものなのか?という疑問があって、素直に喜んで頷けなかった。
川村壱馬
川村壱馬
いいから。お袋も、お前の面倒を見ることに賛成している。むしろ、協力的だから
湯浅愛羅
湯浅愛羅
…あ、ありがとう
嬉しかった。会ったことはないけど、お父さんが選んだ相手の人。男の母親。涙目でお礼を言うあたしに、奴は視線を外しながら
川村壱馬
川村壱馬
別に…。ここは俺が最近まで一人暮らししてた部屋だから。
でも俺は家に戻る。
湯浅愛羅
湯浅愛羅
あ……
川村壱馬
川村壱馬
元々戻るつもりだったから
……やっぱり兄妹なのかも。

いや、血は繋がってないのか…。

でも、こんなあたしが考えていることをわかってくれる。

誘拐犯もどきなのに、こんなに悪そうなのに。ボタン閉めないし、口悪いし、声低いのに。
川村壱馬
川村壱馬
…お前わかりやすいな
湯浅愛羅
湯浅愛羅
へ?
川村壱馬
川村壱馬
今、失礼なこと考えたろ
なにもイイカエセナイ。

だって考えてたもの。
すごく失礼なこと。

ビクビクするあたしとは裏腹にやつはケロッとしていた。
川村壱馬
川村壱馬
まぁいい…。ここの家賃はいらねぇ
湯浅愛羅
湯浅愛羅
え!?そんなの
川村壱馬
川村壱馬
いいから
言い返せない雰囲気に、あたしはちょっと待ってとも言えず、グングン話が進んでいく。びっくりすることばかりな話が。
どうやら誘拐じゃなかった移動。
初めから説明してくれればよかったのに、と言うと男は話をはぐらかすように話を進めた。
川村壱馬
川村壱馬
制服そこに置いてる。転入手続き済ませてあるから、来い
湯浅愛羅
湯浅愛羅
え、転校?
川村壱馬
川村壱馬
あぁ
学校のことは1番悩んでいたことだ。実は結構いい学校に行かせてもらってたからお金の面でこれからまた新学期から通うのが難しいと思ってた。

友達に気を使わせるのも嫌で、おばあちゃんが死んでから1度も行ってない。

退学届け、出そうと思ってた。
湯浅愛羅
湯浅愛羅
…学校、行けるの?
川村壱馬
川村壱馬
前のところじゃなく、俺の学校
湯浅愛羅
湯浅愛羅
うん……
全てを失ったと思ってた。まだ2年生なのに、一人ぼっちになって全て失ったんだって。
だけど、突然現れた誘拐犯はお兄さんで、部屋を貸してくれて、学校も決めてくれた。
川村壱馬
川村壱馬
学校はこっから右に曲がって真っ直ぐ行った正面にあるから、8時までに校舎に入れ。これは絶対だぞ
灰色の男、もといお兄様は相変わらずグイグイ話を進める。
なんで8時なんだか聞けないままとにかく頷くしかできなかった。

なんだろう。よく分からないけどあたしはとにかく幸せな気分に満たされてて、すっかり何もかも前向きに考えてた。

気になることとか不安なことはまだ沢山あるのに…。

言いたいだけ言った彼は立ち上がった。
川村壱馬
川村壱馬
じゃ
湯浅愛羅
湯浅愛羅
えっ!
話が終わればとっとと帰るらしい。
あんなに強引に連れてきたくせに、放ったらかしで帰るらしい。


あたしは慌てて玄関に使う男を引き止めた。


これは聞かないと…

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