第21話

事実2
262
2020/03/07 15:30
随分部屋のベッドに寝転んでいたのだろうか。明るかった空はすっかり闇で包まれていて、電気がなければ薄暗いくらい。夕方だろう。何やらまだ何か言いたそうな萩花さんを置いて走って帰ってきてから、数時間はたっているのにまだ胸が苦しかった。


――――――見たくなかった。
あんなに優しい壱馬を。抱きしめる姿から、感じる深い愛を――――――。


たしかに壱馬は大切な存在だった。
だけどいつの間にか、こんなにも好きになっているなんて。
















川村壱馬
川村壱馬
おい
やめて、起こさないで。
川村壱馬
川村壱馬
おい
まだ眠いの。
川村壱馬
川村壱馬
おい!
だってあたし、悲しいの。
川村壱馬
川村壱馬
悲しいから起きたくな…
川村壱馬
川村壱馬
愛羅! いい加減にしろよ!
パッチリ目が開いた。確実に壱馬の声。驚きの割に起き上がるのはスローでしか無理で、起き上がっても壱馬の姿はない。
川村壱馬
川村壱馬
電気もつけずに何やってんだ
湯浅愛羅
湯浅愛羅
か、ずま……
あたしが見た玄関の方向とは反対の窓にもたれかかって壱馬はいた。ベッドから遠い壁に近づいて。

まるであたしから離れたいみたいに。
湯浅愛羅
湯浅愛羅
なん、で?
川村壱馬
川村壱馬
顔出そうと思ったら返答ねぇから入った。
鍵開けたまま熟睡してんじゃねぇよ
呆れたようにため息をついた壱馬は灰色じゃなかった。ズボンはいつも通りの灰色だけど、上着を着てなかった。
聞こうと体制を変えたら、なにか足元にかかっているのに気づく。
川村壱馬
川村壱馬
なんだよ
思わず見つめたらうざそうに返された。
壱馬の灰色の上着が綺麗にあたしにかけられていた。途端にキュンって胸が苦しくなる。
湯浅愛羅
湯浅愛羅
なんにもっ
だけど
川村壱馬
川村壱馬
変な奴
からかうように笑う壱馬を、これ以上好きになりたくない。
川村壱馬
川村壱馬
昼飯食ったのか?
湯浅愛羅
湯浅愛羅
…うん
川村壱馬
川村壱馬
晩飯は?
湯浅愛羅
湯浅愛羅
まだ…
あたしがそう言うと壱馬はすぐに立ち上がった。驚いて見上げていると、何やってんだって顔をする。
川村壱馬
川村壱馬
行くぞ
湯浅愛羅
湯浅愛羅
え?
川村壱馬
川村壱馬
帰るんだよ、晩飯食ってねぇんだろ?
腕を掴んで立たされて、壱馬はズカズカとマンションを出て行く。
あたしはちょっと迷ったけど、お母様とレイちゃんに会いたかったから行った。

豪華な和食が並ぶ食卓を囲みながら、レイちゃんと話す。
壱馬は黙々とご飯を頬張っている。
レイ
レイ
愛羅ちゃんがまた来てくれて嬉しい!
湯浅愛羅
湯浅愛羅
あたしも会えて嬉しいな。今日は何して遊ぶ?
レイ
レイ
んー塗り絵!
分かった、と笑うとレイちゃんは早く遊びたいのかご飯を食べるスピードを早くした。
壱馬ママ
壱馬ママ
こら、レイちゃんゆっくり食べなさい
レイ
レイ
はっへ、はひゃふはひょ
川村壱馬
川村壱馬
何言ってんのかわかんねぇよ
壱馬はそう言って、レイちゃんの口元に手を伸ばす。どうやらご飯粒がついていたらしい。

しばらくしてみんなご飯を食べ終えてレイちゃんと塗り絵をしている頃、ガチャッと玄関のドアが開く。
壱馬ママ
壱馬ママ
あら、ユウかしら
レイ
レイ
今日早いねー
壱馬が帰ってきた時は嬉しそうに出迎えたレイちゃんだったのに、ユウくんの時は違うようだった。
ユウ
ユウ
壱馬兄いる?
壱馬ママ
壱馬ママ
ただいまは? もう
ただいまも言わず壱馬のことだったのでお母様が呆れたように言う。
ソファに寝転がってあたしたちの塗り絵を見ていた壱馬は起き上がることなく言う。
川村壱馬
川村壱馬
なんだ
ユウ
ユウ
どうだった? 今日
────────…今日
今日は、乃々華さんが退院した日。
川村壱馬
川村壱馬
…別に。大丈夫だ
ユウ
ユウ
元気そうだった?
川村壱馬
川村壱馬
あぁ
壱馬は答えたくなさそうだった。と言うよりあたしに聞かれたくなさそうだった。
ユウ
ユウ
あんたが愛羅?
湯浅愛羅
湯浅愛羅
え?
急にあたしに話をふったので驚いた。
ユウくんの方を向いてコクリと頷く。
ふぅんとつぶやいてから、意味深にあたしをジロジロと見る。
ユウ
ユウ
たしかに。顔は可愛いじゃん?
湯浅愛羅
湯浅愛羅
ユウ
ユウ
まぁ壱馬兄には釣り合わないと思うけど
あ、もしかしてユウくんも付き合ってるの本当だと思ってる?
それを確認するために首を傾げて壱馬を見たら、壱馬は小さく頷いた。
……やっぱり。すると、急にレイちゃんが立ち上がった。
レイ
レイ
そんなことないよっ!
ユウ
ユウ
なんだよレイ
レイ
レイ
ユウ兄失礼だよ!
ユウ
ユウ
うるせぇな、ガキ
川村壱馬
川村壱馬
ユウ
レイちゃんとユウくんの兄妹喧嘩にハラハラしてたら、黙っていた壱馬が一言冷たく言い放つ。やめろ、という訳でもなく、怒鳴ったわけでもないのに、泣き出すレイちゃんを前に、ユウくんはなにもいわなくなった。
川村壱馬
川村壱馬
レイ、泣くな
泣きじゃくるレイちゃんの頭にポンと壱馬が手を置いた。途端、ますます泣き出したレイちゃんは、壱馬に抱きついた。
レイ
レイ
壱馬兄〜っだって、うぇっだってねぇ…
川村壱馬
川村壱馬
あぁ
泣いてるのか、文句を言ってるのかまぜこぜになったレイちゃんの主張を、壱馬は時々相づちを打ちながら聞いてあげていた。
レイちゃんは、やっと泣き止んだと思ったら、壱馬の膝の上で眠ってしまった。

あたしは、あたしのために怒ってくれたのが嬉しくて眠ったレイちゃんにありがとうと言った。
川村壱馬
川村壱馬
送る
湯浅愛羅
湯浅愛羅
え、あ…うん
ユウ
ユウ
帰んの? 泊まっていくのかと思った。 乃々華さんはよく泊まってたじゃん
――――――ドキッ
川村壱馬
川村壱馬
お前いちいちうるさい
壱馬はさらっとかわしてあたしに行くぞって合図をする。
お母様にお礼を言って、ついて行くあたしだけど、例えるなら心ここに在らず。バイクも怖くなかった、というか覚えていない。どう言って別れたか、よく覚えていない。とりあえず、気がついたらもうベッドに転がっていた。
ユウ
ユウ
乃々華さんはよく泊まってたじゃん
あたしにはあんなダメだって言ったのに。
雪さんは良かったんだ? あたしは駄目なの?
藤井萩花
藤井萩花
壱馬さんの優しさはあんたには向いていない
救われたと思ってた。ずっと壱馬はそばに居てくれるって言った。

だけどそれは乃々華さんの代わり────────。


































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