結局その後3日間…あたしは寝込んだ。
壱馬とあたしがほんとに付き合いだしたことは、あたしが風邪を治して学校に行った日にはもうクラスのみんなも知っていた。
私が大暴れした3日前のことは、誰も何も触れなくて、正直ありがたかった。
付き合うことになって、嬉しかったのに早速風邪だったのでこの3日間、あたひたちは1度も会えてない。
家に来たがる壱馬に、『うつしたくないから』って言って1度も家に入れなかった。
だからやっと会えた壱馬は、朝からご機嫌ナナメだった。
相変わらずあたしたちは言い合いばかりしていた。お互いムキになって、LOVEな空気はまるでゼロ。
あたしがそう言うと壱馬は黙ってしまった。
絶対馬鹿だこいつって思ってるに違いない。笑ってるのか確認しようと思って、覗き込んだら、ガシッと腕を掴まれた。
甘く低い、壱馬の響く声。背中に腕をまわされて抱き寄せられたまま呟かれ、あたしは失神寸前だった。
絶対確信犯だ。そんなこと言いながらあたしが恥ずかしがってんの分かってて言ったんだ!
クラスのみんながいる教室で、恥ずかしくないのか!?
未だあたしは掴まれたままで。なんとなくクラスのみんなの視線を感じる。今まてま硬派だった(らしい)ヘッドの恋愛がそんなに面白いか、ってくらい見てる。
あたしがそうお願いすると、ため息ついてやっと離してくれた。そしてちらっとあたしを見てボソボソ話した。
どうやら結構LOVEな雰囲気もあるらしいあたしたち。樹と翔平に、『2人の時にしろよ』って恥ずかしそうに忠告された壱馬は『は?
嫌 』とバッサリ断っていた。
風邪は完治したものの、咳のしすぎで喉はまだチリチリ痛かった。たまに授業中とかにコホッって咳をしたら壱馬がびっくりしてあたしを見る。コホッコホッって2回続けば、トップのみんなも見てきて、2回以上続けばクラスみんながあたしに注目し、壱馬が代表になって『大丈夫か?』と聞いてくる。あたしはいつも大丈夫と答えるけど、心配気な様子のみんな。どうも落ち着かなかった。ストレスから咳がでてたから、それを心配してくれる気持ちは嬉しいけど……。
咳ができない!!
ランチも食べ終えて屋上から戻った昼休み、あたしはそう言って、やっかいな喉のモヤモヤをなくすために数回咳をした。
宣言したから大丈夫、と調子にのりすぎて何回もしてたら……
大丈夫じゃないだろっと怒られた……。
なんで怒られてんのか全くわかんないけど、とりあえず頷いておいた。咳をするのは、やっぱり辞めよう。
……いや、ほどほどにしよう。
あたしがそう決意を固めたてき、
窓の外のグラウンドで何やら騒いでるのに気づく。
壱馬は立ち上がろうとせず、代わりののうにリードの数人が窓にはりついて外を見る。
騒いでいたのはどうやら灰高の面々らしい。とりあえず喧嘩とかじゃなくてほっとした。壱馬はリードの1人を見やり、目が合うと顎で外を指す。『見てこい』ということなのだと思う。彼は『ハイ!』と野球部のような返事をして教室から出ていった。あたしもなんとなく気になって立ち上がった。
窓から見下ろしたグラウンドには次々灰高のみんなが集まっていくみたい。
なんかある? いや、なんかいる?
灰色の中に、ポツンと白が見えた。純白に水色のラインのセーラーに白のスカート。真っ黒なウェーブがかった髪。……確実に見覚えがあった。
ガタタッ
あまりにも急いで教室を出たから、机と椅子にぶつかりまくった。
壱馬が後ろで何か言ってる、多分『どうした』か『愛羅』か『おい』あたりだ思う。
だけどあたしはどれも聞こえずに、ただ走り抜けてグラウンドに出た。
灰色をかきわけて、あたしは純白に向かう。あたしに気づいた人は、驚いて道をあけて…灰色の中の純白に、あたしはたどり着いた────────。
''みゆう’’
大きな黒の目であたしをとらえ、涙を浮かべて近づいてきた。
美優はあたしに抱きついてきた。あたしも涙にさそわれて、壱馬とトップのみんなが走ってくるまで抱きあっていた。灰色のあたしと純白の美優。
パッと離れた美優があたしを上から下まで見る。あたしが着ている灰色のセーラー服に、美優が口を開いた。
なにも、言い返せなかった。泣きながらあたしにしがみつく美優は、相変わらず可愛い、あたしの、親友だった──────
泣き叫ぶ美優をなだめるあたしに、後ろから聞こえた声はちょっと遠慮がちな壱馬だった。
8時以降の灰高は危険。グラウンドにはあまりいるべきじゃないのは学んだから、あたしも頷いた。あからさまに悪いオーラの校舎に入るなんて美優は拒むと思ったけど、すんなり頷いた。
あたしに、会いに来てくれた美優。うちのクラスに招き入れて話をすることにしたけど、他校の、しかも女の子を校内に入れるのは壱馬が許してくれたからだ。
あたしは俯いたまま黙って聞いている美優に、全部話すのとにした。壱馬に救われたこと、壱馬とあたしの関係、今壱馬のアパートに住んでいること、灰高のこと。分かりやすく丁寧に、俯く美優に話した。あたしがほとんど話終える頃まで美優は何も言わない。
急に美優が顔を上げて、あたしの目を見て言う。今まで何も言わなかったのは最後まで聞こうと思ったんだと思う。
あたしが話そうとしても美優は止まんない。口をはさもうとしても泣いている美優を見るとどうしても無理で、美優はずっとあたしに言う。
ずっと黙っていた壱馬が口を開く。低くて響く壱馬の声だけど、決して怖くない優しい声だった。
──────────''死んでほしくはないよ’’
こんなときにでもそう思ったあたしは、よっぽど壱馬の傍にいたいみたい。自分自身驚くくらい、壱馬を必要としている。
美優は壱馬の言葉を聞いてから、また話さなくなった。あたしは、しばしの沈黙を破る。
美優はあたしを見て、どこか諦めたように脱力した。あたしは立ち上がって美優を抱きしめる──────。
驚いている美優を、あたしはそっと離した。美優の前から黙っていなくなったあたしが、親友でいたいなんて驚くに決まってる。でも、
その間に姿を消したから心配して美優はこんなとこまで……
謝るあたしに美優は、しばらく何も言わなくて、顔を上げたあたしに美優は見事なデコピンをくらわしてきた。
あたしがおでこを押さえて驚いていると、美優はケラケラ笑っていた。
急に話をふられ、壱馬がいつものように『ん?』と同じ意味の『あ?』を言う。それはもちろん一般的に言って''怖い’’印象なもので、美優も例外なく固まった。
美優は楽しそうに笑っていた。
中学の時からずっと一緒で、おばあちゃんを亡くした時もずっとあたしの傍を離れなかった美優を、遠ざけたのはあたしだった。物凄く覚悟がいた。二度と美優に会えない覚悟をした。初めて会う義理の兄である壱馬を、美優より信じたってわけじゃない。どうしても美優に全部助けてもらうわけにはいかなくて…。だからって壱馬ならいいってわけじゃないけど、でも初めから分かっていたのかもしれない……。
壱馬とあたしがどこか繋がっているってこと。義理兄妹であることだけじゃなく、運命みたいな何かを。
壱馬が救ってくれたから、迎えに来てくれたから、だからこそもう一度、美優の笑顔を見ることができた。美優と昔から変わらない、''親友’’でい続けることができた────。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!