第2話

夏休みが終わる日
219
2019/09/03 09:52
あなたside
虫なのか蛙なのか、何だかは分からない生き物の鳴き声のうるささとじめじめした暑さで寝苦しい夜。
いきなりかかってきた電話に叩き起こされた。
枕元にあったスマホには「えいちゃん」の文字。
仕方なく出てあげると、
エイジ
あなた!早く来て!
なんてすごい声で叫ぶ。
あなた

こんな時間になにぃ〜?

エイジ
いいから!早く!
あなた

今は無r…。

言いかけたところでプツンと切られてしまった。
全く都合のいい。
なんて思いながら準備をしてる私も私だ。
えいちゃんの家には行きなれていて、小さい頃から毎日のように居座っていた。
えいちゃんのお母さんもお父さんも私のことを娘のように可愛がってくれて、いきなりお邪魔してもいつのまにか現れてもノーリアクション。
だからこんな時間に呼び出されることも珍しくはなかった。
寝起きのボサボサの髪を軽く梳かして後ろで束ねる。
スマホと小銭だけをポケットに突っ込んで玄関をそおっと出る。
えいちゃんの家はすぐ隣。
「今出たよ」
ってLINEを送るとすぐに既読がついて私に嬉しそうに駆け寄ってくる。
あなた

こんな時間に何ぃ?

エイジ
…課題、終わんなくて。
あなた

それだけ、?

エイジ
それだけ。
あなた

じゃあ帰るね。おやすみ。

エイジ
お願いお願い!
エイジ
一緒に居てくれるだけでいいから!
あなた

しょうがないなぁ、今日だけね。

あんまり必死になってお願いしてくるもんだから快諾してしまう。
えいちゃんの家族を起こさないように、2人して足音を立てずにそろそろと歩く。
明かりが漏れるえいちゃんの部屋に着くと一安心してぷはぁ!と息を継ぐ。
エイジ
ちょっと待っててね。
とだけ言って部屋を出ていくえいちゃん。
改めて部屋を見渡すとテーブルには夏休みの課題がどっさりと積んである。
消しゴムのカスがその辺にポロポロと落ちていて、相当頑張ったんだろうなって感じさせる。
エイジ
おまたせ〜。
氷が入ったコップ二つと大きめのペットボトルのサイダーをお盆に乗せてえいちゃんが入ってくる。
エイジ
どうぞ〜。
しゅわしゅわと弾けるサイダーをコップに注ぐとカラカラと氷がぶつかる音がして、夏休み最後の日に今年いちばんの夏を感じていると、
エイジ
居てくれるだけでいいから!その辺にいて!
なんて言って勉強を始めるえいちゃん。
答えを見ながら空欄を埋めるだけの作業じゃなくて、真剣に問題に取り組んでて。
意外だなぁなんて思いながらサイダーを流し込む。
顔を真っ赤にして紙切れの集まりとにらめっこしてるだけなのに、額からじわじわと汗が伝ってきて紙に落ちる。
あなた

暑そうだね。

なんて言い訳をして窓を閉め切ってエアコンのリモコンのボタンを押す。
本当は私が暑かったからなんて言えない。
すぐに冷たい風が吹いてきて今にも眠れそう。
だけどえいちゃんも頑張ってるからって両手でほっぺたをパチンと叩く。
それにしてもさっきからえいちゃんの手が止まってシャーペンが動かない。
あなた

どうしたの?

って優しく問いかけると、
エイジ
ここわかんなくて。
確かにちょっとだけ難しい問題だった。
勉強が得意な方の私はえいちゃんに教えることにも慣れていて。
エイジ
わかった!ありがとう!あなた天才!
とか嬉しそうに言うもんだからこっちまで嬉しくなってくる。
小一時間くらいは集中力が切れずに手を動かしていたけど、いつのまにか会話の数が増える。
エイジ
ねぇあなた〜
えいちゃんの集中力を持たさなければ課題は終わらない!と謎の使命感に駆られ、コンビニでアイスを買ってくることにした。
あなた

私ちょっとコンビニ行ってくるね。

あなた

アイス買ってきてあげるから勉強してて!

エイジ
えー俺も行く。
エイジ
暗いからあなた1人だと危ないよ?
田舎だからコンビニまでは少しだけ遠い。
行けないほどではないけど、少しだけ、ほんの少しだけ夜に1人で歩くってのは怖かったから。
あなた

うん、じゃあ行こ!

ポケットに突っ込んだだけの小銭を確認してサンダルを足に突っかける。
夜道は暗くてやっぱりちょっとだけ怖い。
そんな私をみて
エイジ
怖いの?笑
なんて馬鹿にしてくる。
あなた

ちょっとね、ちょっと。

ムキになってる私はガキだなぁなんて思いながら顔を真っ赤にしていると、えいちゃんは笑いながら私の手を奪う。
エイジ
これで怖くないでしょ?
あなた

はぁ?

あなた

無理!やだ!疲れた!おんぶして!

手を繋ぐなんてなんだかこっぱずかしくて、真っ赤になった顔なんて見られたくなくて。
歩くのも疲れたしおんぶならいいかなってえいちゃんの後ろでぴょんぴょんする。
おんぶなんてしてくれるわけないって思ってたのに、
エイジ
はい。
なんて言いながらしゃがんでくるえいちゃん。
自分で言っておいて、少しだけ乗るのには躊躇ためらったけど、昔からの仲だし何も恥ずかしがることはないかなって吹っ切れて、大きな背中に飛び乗る。
エイジ
重っ…!
あなた

はぁ?

エイジ
嘘!嘘!冗談!
なんて笑ってるえいちゃんの肩をパチンと叩く。
エイジ
痛!
とか言いながらもにこにこしてて、そういうところは昔から変わってない。
しばらく歩くと、暗闇の中で煌々こうこうと光る建物が一件見える。
えいちゃんはコンビニの少し手前で降ろしてくれて、2人で真夜中のコンビニに入る。
あなた

私買ってあげるから好きなの選びな

なんて言うと嬉しそうにハーゲンダッツを持ってくる。
なんて調子がいいんだ。
仕方なくハーゲンダッツと私のガリガリ君をレジに持って行く。
私はえいちゃんに甘すぎる気がする。
ギリギリ足りた小銭を出して、袋に入ったアイスをもらう。
えいちゃんはいつのまにか店を出たらしく、ガラスの外側で空を眺めている。
急いで外に出ると生ぬるい風が吹いて汗を誘う。
エイジ
星綺麗だね
とか言いながら歩き出して前を行くから小走りでついて行くけど、えいちゃんは歩くのが早い。
置いていかれるのが嫌で袋をガサゴソと漁ってハーゲンダッツを取り出して、
あなた

はい!これあげる!

って言うと目をキラキラさせながら戻ってくる。
ハーゲンダッツを片手に満足気に歩くえいちゃんの横顔は小さい頃とちっとも変わってないのに、身長はいつの間にか私を抜かしてぐんぐん伸びてしまってガタイもよくなって、なんだか悔しかったから。
スプーンを持ったえいちゃんの右手をがっちり掴んで無理矢理私の口まで運ぶ。
エイジ
あぁ!俺のハーゲンダッツぅぅ…。
なんて寂しそうにしている顔はちょっと幼くて、勝ち誇った気分に浸っていると、私が持っていたガリガリ君を素早く奪って大きすぎる一口で半分くらい食べつくしてしまうえいちゃん。
あなた

あぁぁ!

悔しさで言葉にすらならない声をあげると、えいちゃんは眉間にしわを寄せて片手で頭を抑え始める。
エイジ
キーンてする、
あなた

それアイスクリーム頭痛って言うんだよ!一気に食べるから!ばーか!!!

今度はまた勝った気になって嬉しくてスキップをしながら先を進む。
エイジ
いってぇ、最悪、
なんて苦しそうにしている姿が滑稽で笑いが止まらない。
エイジ
笑うなよ!
なんて言いながら自分も笑っちゃってるえいちゃんは、やっぱり私よりもずっと大人なのかもしれない。
久し振りに2人で馬鹿をやるのが楽しくて、あっという間にえいちゃんの家に着く。
息を潜めて部屋に向かうと、さっきつけたエアコンが効いていて涼しい。
さっきまであんなにふざけてたのに、課題を始めるとすごい集中力で取り組むえいちゃん。
出来るんなら最初っからやればいいのに、なんて思うけど夏休みを存分に満喫するのがえいちゃんらしくて。
滅多に見ないえいちゃんの真剣な顔に見惚れていると睡魔が私を襲う。
頑張って目を開けようと試みるけど、そんな私の努力も虚しく、重い瞼を閉じてしまった。

















朝の騒がしさと眩しさに目を覚ますとそこはえいちゃんのベッドの上だった。
もう朝日が昇っていて、部屋中を見渡してもえいちゃんはいない。
ぼーっとした頭でスマホを確認すると8時をとっくに過ぎている。
ガチャっとドアが開いたと思ったらえいちゃんのお母さんが入ってきて
えいちゃんのお母さん
あ、あなたちゃんおはよう。
って言うばっかりで出て行ってしまう。
家中を駆け回ってえいちゃんを探す。
えいちゃんかと思ったその後ろ姿は、顔を覗き込んで見るとお兄ちゃんだったり弟くんだったり。
全くあの兄弟は似過ぎていて困る。
やっと見つけたえいちゃんは呑気に歯磨きなんかしちゃってて。
部屋に連れ戻して
あなた

なんで起こしてくれなかったの!二学期早々遅刻だよ?

なんて問い詰めてみると
エイジ
だってすっごい気持ちよさそうに寝てたんだもん。
エイジ
本当に天使みたいで可愛かったよ。
あなた

は?

顔が急激に熱くなったのがわかる。
机で寝落ちしてたのにベッドに移動してたこともこのタイミングで思い出して。
あなた

えいちゃんが運んでくれたの?

エイジ
うん、めっちゃ重かった。
こういう時にふざけちゃうところも好きだなぁなんて。
あなた

じゃあゆっくり行こっか。

一旦家に帰ってゆっくり支度をして、手を繋いで登校した。
なんな私達は、幼馴染兼恋人。
2人して遅れて教室に着いた時にはクラスメイト全員と先生からも冷やかされちゃいました。

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