第119話

私の存在
2,999
2021/04/25 03:45

バスの中(あなたちゃんは一人席です)



バスに揺られて、疲れ果てて眠気が襲いかかってきた頃。


うちが着信音に設定している音楽が流れた。


誰かから電話みたいだ。



あなた「もしもし…」


研磨『……俺だけど』


あなた「あっ、オレオレ詐欺は受け付けてないので。じゃっ」


研磨『お仕置きする?』


あなた「すみませんちゃんと聞きます研磨くんだよね。どうしたの?」


研磨『アップルパイ、作ってくれるって言った…』


あぁ、そういえば。食堂で言った気がする。


あなた「うち、東京まで行くよ。いつがいいかな?」


研磨『いや…こっちが行く。あなたの家』


あなた「うちの家?うーん…いいと思うけど…」


研磨『ただ、予選があると思うから、もう少し先になるかも』


あなた「そうだね、了解です」


研磨『うん……あ、もう切る。じゃあ』


「ちょっとクロ、取らないで」という声を最後に、電話はブチっと切られてしまった。


大丈夫だろうか……眠くなってきたな……。








体育館にて、ミーティング


電話の後ぐっすり寝ていたうちは、寝ぼけたまま体育館に来ていた。


いつのまにか先生が立っていて、いつのまにか皆がそこに集まっている。


武田「明日の予選で2回勝てば、10月の代表決定戦へ進出できます。この一次予選を突破した八校に、さらに強豪八校を加えて、10月の代表決定戦となります」


武田先生の説明の後、日向くんがぐいっと身を乗り出して質問する。


日向「一次予選は2回しか試合できないんですか?」


菅原「俺たちはIH予選で16まで行ってるから、一回戦は免除になってるんだ」


日向「おおおお!!俺たちすげー!✨」



皆が練習のために解散した時、仁花ちゃんが震えていることに気づいた。


あなた「…仁花ちゃん?」


谷地「い、いよいよ、公式戦っすか…きんちょ、緊張してきた…」


清水「仁花ちゃんには初めての大会だもんね。あなたちゃんも」


あなた「ですね!ドキドキします…!」


うちは握り拳を作ってグッと意気込む素振りをした。




清水「私達には、最後だ」



最後………そっか。


潔子さんはもう3年生で。


澤村先輩と旭さんと菅原先輩も、3年生だから、最後。


最後……か。



あなた「……勝てるといいな」


清水「…勝つよ」


潔子さんは、練習をする彼らを見つめながら、強くこう言った。



清水「絶対、勝つ。……なんて、確信はないけどね」


潔子さんは、冗談を言うようにくすりと笑った。



でも、あんな風に頑張ってる皆を見てたら……本当に、勝てる気がしてきたんだ。







(あなたちゃんはステージに座ってます)


あなた「AクイックとBクイックの違いが分からないっ…!!クイックって何!?」


清水「何してるの?」


あなた「あ、バレーの勉強を……まだ、全然分かってないんですけど」


と言いながら、膝に乗せている『バレー入門書』を見せる。


見せても、うちがいっぱい書き込んでるからちょっと見づらいけど。


清水「へぇ、凄いね」


あなた「戦法を伝授するとか、実際にやってみせるとかは出来ないけど…こうやって色々ルールとか、技を知れば、…彼らに寄り添える気がして」



少しでも近い存在で居たいと思った。


困ったら一緒に考えて、落ち込んだらそばに寄り添って。


バレーに一生懸命な彼らの近くで、そんな存在で居るのなら、バレーを学ぶべきだと思ったのだ。



清水「マネージャーやってるね」


あなた「えへへ、そうですか?」


清水「うん。でも、私も仁花ちゃんも真似できない存在」



潔子さんは背中を押す言葉がすぐに出てくるし、仁花ちゃんは皆に元気を与えて、勇気をくれる。


だったらうちは、皆に寄り添える存在に……なれるといいな。



あなた「…あ、そろそろ切り上げるっぽいですね。ネットの片付け手伝ってきますね!」



うちはそこに雑誌をおいて、片付けを始める彼らのもとに走って行った。

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