あなた「おかしくないかな…」
及川さんが選んでくれた浴衣を身につけ、鏡の前でくるりと回ってみた。
変なところは……多分、ないかな。
実はこれ、着付けしてくれたのは仁花ちゃんなんだ。
もう帰っちゃったけど、「髪飾り一緒の付けよ!」って、さっき家に来てくれたんだ。
それで、ついでに着付けとメイクまでしてもらった。
さすが仁花ちゃん、お母さんがデザイナーなだけあって、メイクも上手だし着付けも手際よかった。
ちなみに、今日はうちのメイクデビューである。
浴衣は、白い生地に黄色と浅葱色の波紋と、赤い金魚が泳いでいるもの。
すごく可愛くて、一目惚れしてしまった。
そして、髪型は編み込みをして緩くツインテールにした(これはお母さんがしてくれた)。
ツインテールなんて、ちょっと子供っぽいかと思ったが、お母さんに「上手くできたからほどかないで!」と言われてしまった。
さらに、仁花ちゃんとお揃いの白いお花の髪飾りと、おばあちゃんが作ってくれた赤の巾着。
眼鏡も今日は外してみた。
つまりうちは、今日出来上がった自分にほぼ手を加えていない。
しかも、今日出かけた時の格好といったら……そう、ジャージである。
自分の女子力の無さに打ちのめされながら、とうとう時間になったことに気がついた。
仁花ちゃんに「今から家出ます!」とメールをして、うちは部屋を出た。
あなた「うーん、やっぱり人多いな…」
個人でバスに乗って現地集合ということになっているのだが、やはり人は多い。
座るところがなくて、ドアの近くに寄りかかっていた。
『間もなく___________』
運転士さんが、次のバス停の場を告げる。
うちの集合場所の一個前だ。
でも、ここで降りる人は結構いるみたいで、何人かが立ち上がった。
あなた「わ、すみません……あ、」
人が降りていく。
色んな人に押され、自分の居場所すら分からなくなった。
ここから抜け出さなきゃ……
??「……こっちだ」
突然、誰かに手を引かれた。
その知らない誰かのおかげで、うちは何とか人混みを免れた。
あなた「ありがとうございま……って影山くん!」
うちを助けてくれたのは影山くん。
影山くんは、紺色の甚平を着ていた。
彼は元々顔が良いため、それはすごく似合っていた。
あなた「居たんですね……」
影山「……おー」
なんとなく歯切れの悪い彼に、首を傾げる。
あなた「どうしました?」
影山「……それ、良いと、思います……ボゲェ」
浴衣のことだろうか。
あからさまに顔を逸らして、拗ねたようにそう言ってくれた影山くんは、ちょっと可愛くて。
あなた「嬉しいです……影山くんも。似合ってますよ」
影山「あ、……あたりめぇだ」
影山くんは、うちを掴んだ手を、離してはくれなかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。