第13話

トラブル ①
64
2022/01/23 03:59



俺たちは、少しずつ露出が増えてきた。

4人で、ラジオやテレビに出るチャンスをもらえて、色んな人とお知り合いになっていく。
同時にソロ仕事も入ってきた。

上昇気流に乗ってきた実感。





「キラキラくん」


テレビ局のロビーで、呼ばれて振り返ると、音楽評論家さんだった。
俺は短いちょい出しの収録を終えて帰るところだった。

評論家さんは、ラフなかっこだけど、首に巻いたインド綿のスカーフが、アースカラーに綺麗な紅色が混じったもので、とってもおしゃれ。
靴が、トゥが尖ったデザインで、見るからに高そうなかっこ良さ。


「リーダーくんとは全然だけど、きみとは良く会うね。
ご飯には早い時間だけど、美味しいケーキとお茶でもどう?」


俺は即座に、断ろうと口を開く。
でも。


「実は、新しい音楽番組の企画があって、これからそこのプロデューサーに会うんだよ。
彼、新しい人材を探しててね。
日本で、韓国なみに歌って踊れるキミたちって、ピッタリだと思うんだ。
ダメ元で会っておかない?
グループのCD持ってる?」


こういう話には乗ったらダメなんだよ。
知ってたのにさ、俺。


「すぐそこの、洋菓子店だよ。
甘くない粉砂糖が雪みたいにかかってるケーキが絶品で」


絶品のケーキ。
新しい音楽番組。
偉い人を紹介。


「30分だけ一緒にいて、きみは先に帰ればいいよ」


トドメだった。


「いいんですか?」


「なんかの撮影後なんだろう?
メイクもバッチリですごくかっこいいよ?
ちょうどいいじゃない」


30分だけならいいか、って思っちゃった馬鹿な俺。
一応彼に、収録終わったよー、評論家さんとお茶してから帰るね、ってLINEは送っておく。






洋菓子店の奥の間に通されて、紹介されたのは、別の局のプロデューサーさんだった。
年配で、背が低く、お腹が大きかった。
にこやかだけど、視線が偉そうで、嫌な感じ。
俺は名刺をもらった。
共演者とスタッフさんにお渡ししようと思って、CDは多めに持っていたから、それを渡す。
でも、その時点でもう俺は、付いてきたことを後悔していた。
挨拶を交わして、ケーキとコーヒーをいただきながら、退出のタイミングをうかがう。
でも、ふたくち、みくち、いただいたあとで、急に血が下がっていくような感じとともに、視界がブラックアウトした。






遠くで、男性ふたりが話す声がしていた。


「可愛いな、気に入ったよ。
この子、後ろ全然使ってないね」


「未経験なんですね、てっきりリーダーくんに可愛いがられてるんだとばっかり」


「初モノなら、尚、いいよ。
番組出してあげたら、足開いてくれるかな。
それにこの子の持ち物、立派だなあ。
ゲイビに出したらさぞ売れるだろうなあ」


誰かが勝手に体を触ってた。
なんで下半身ばっか?

だけど俺は、麻痺したみたいに指1本動かせない。
目も開かない。
やめてって声も出ない。
なんで?
まるで悪い夢の中にいるみたい。

男たちの声は、遠くなったり近くなったりする。
クリアでもなく、歪んだり、かすれたり。
そのうち、おぼれたみたいに息ができなくなる。
濡れた何かに口が塞がれる。

口いっぱいに、苦い味が広がった。
味わったことのない苦さ。


「ちょっと、キスはまずいですよ。
同意を得ないと、セクハラで訴えられます」


「気を失ってるんだろ、なら何されてもわからないじゃないか」


「だめですよ、私はこの子たちと仲良くなりたいんですから、やめてくださいよ」


ぜんぶ、膜がかかったみたいに遠い声。
でも。


舐めないで。
手、離して。
俺に触んないで。
俺に触っていいのは彼だけなのに。
お尻に触んないで。
分身にも。

やだやだやだ。
やめて、助けて……。



その時、遠くで俺の携帯の着信音が鳴った。

彼専用に設定したバラード。

誰かがすぐ出る。


「リーダーくん?
私だよ、久しぶりだね。
キラキラくん、急に具合悪くなって倒れちゃったんだよ。
今救急車呼んだんだ」


店の住所とか何かを話してる。
声はとても遠い。
どんどん遠くなる。








次に目が覚めたら、俺は病院のベッドの上だった。
そばには、メンバーとマネージャーさんがいた。

点滴されてる。

俺、どうしたの?


「気が付いた!」


仲良しの声。


「キラキラッ」


俺の手を痛いぐらい握る彼の手。


「大丈夫か?
どこも痛くないか?」


「俺……?
どうしたんだろ」


「過労やないか、て。
でも昨日までは元気だったやんな?」


「芸能人て、たまにあるらしいよ。
エネルギー切れて、そのまま倒れたりすること。
主に女の子に多いって。
まさか、おまえがなるとは思わなかった」


思い返してみた。
まあまあ美味しいケーキをみくち。
薄いコーヒーをふたくち。
そこからもう記憶がない。
でも俺、すこぶる元気だったのに。


握ってくる手に意識が向く。
彼はいつかみたいに白い顔をしていた。
泣いてはいないけど、血の気がない。


「ごめんね。
俺、調子に乗っちゃった?」


彼に触れて撫でてやりたかったけど、空いてる手には点滴が入ってたし、片方は彼ががっちり握ってたからどうにもならない。


「とりあえず、もう少しで栄養剤の点滴終わりますし、そしたら帰っていいってことなんで。
大事ないでしょうって、先生も仰ってましたから」


マネージャーさんはそう言って、病室を出て行った。

俺は周りにいるみんなに笑いかける。





次の日は、俺だけ1日お休みになった。
俺は、タクシーで実家に送ってもらう。
別れ際、彼がそっと俺にキスしてきた。
でも、口を離した途端、


「……オマエッ」


固い表情で、まるで汚いものに触れたみたいに、手の甲で自分の唇を拭う。
いつもと違う彼のその態度に、胸に鋭い痛みが走る。


俺に怒ってるんだ。
そりゃそうだよね。
俺のせいでスケジュールも狂っちゃう。


「何も考えずに、ゆっくり休めよ」


ああいやだ。
彼から離れたくない。

俺の顔を見て、優しい声で、電話するからって言ってくれたけど、俺はみんなのそばにいたかった。

離れていく彼とメンバーの姿を、タクシーの中からずっと見つめながら、鼻の奥がツーンとする。


失敗、しちゃった。












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