俺たちは、少しずつ露出が増えてきた。
4人で、ラジオやテレビに出るチャンスをもらえて、色んな人とお知り合いになっていく。
同時にソロ仕事も入ってきた。
上昇気流に乗ってきた実感。
「キラキラくん」
テレビ局のロビーで、呼ばれて振り返ると、音楽評論家さんだった。
俺は短いちょい出しの収録を終えて帰るところだった。
評論家さんは、ラフなかっこだけど、首に巻いたインド綿のスカーフが、アースカラーに綺麗な紅色が混じったもので、とってもおしゃれ。
靴が、トゥが尖ったデザインで、見るからに高そうなかっこ良さ。
「リーダーくんとは全然だけど、きみとは良く会うね。
ご飯には早い時間だけど、美味しいケーキとお茶でもどう?」
俺は即座に、断ろうと口を開く。
でも。
「実は、新しい音楽番組の企画があって、これからそこのプロデューサーに会うんだよ。
彼、新しい人材を探しててね。
日本で、韓国なみに歌って踊れるキミたちって、ピッタリだと思うんだ。
ダメ元で会っておかない?
グループのCD持ってる?」
こういう話には乗ったらダメなんだよ。
知ってたのにさ、俺。
「すぐそこの、洋菓子店だよ。
甘くない粉砂糖が雪みたいにかかってるケーキが絶品で」
絶品のケーキ。
新しい音楽番組。
偉い人を紹介。
「30分だけ一緒にいて、きみは先に帰ればいいよ」
トドメだった。
「いいんですか?」
「なんかの撮影後なんだろう?
メイクもバッチリですごくかっこいいよ?
ちょうどいいじゃない」
30分だけならいいか、って思っちゃった馬鹿な俺。
一応彼に、収録終わったよー、評論家さんとお茶してから帰るね、ってLINEは送っておく。
洋菓子店の奥の間に通されて、紹介されたのは、別の局のプロデューサーさんだった。
年配で、背が低く、お腹が大きかった。
にこやかだけど、視線が偉そうで、嫌な感じ。
俺は名刺をもらった。
共演者とスタッフさんにお渡ししようと思って、CDは多めに持っていたから、それを渡す。
でも、その時点でもう俺は、付いてきたことを後悔していた。
挨拶を交わして、ケーキとコーヒーをいただきながら、退出のタイミングをうかがう。
でも、ふたくち、みくち、いただいたあとで、急に血が下がっていくような感じとともに、視界がブラックアウトした。
遠くで、男性ふたりが話す声がしていた。
「可愛いな、気に入ったよ。
この子、後ろ全然使ってないね」
「未経験なんですね、てっきりリーダーくんに可愛いがられてるんだとばっかり」
「初モノなら、尚、いいよ。
番組出してあげたら、足開いてくれるかな。
それにこの子の持ち物、立派だなあ。
ゲイビに出したらさぞ売れるだろうなあ」
誰かが勝手に体を触ってた。
なんで下半身ばっか?
だけど俺は、麻痺したみたいに指1本動かせない。
目も開かない。
やめてって声も出ない。
なんで?
まるで悪い夢の中にいるみたい。
男たちの声は、遠くなったり近くなったりする。
クリアでもなく、歪んだり、かすれたり。
そのうち、おぼれたみたいに息ができなくなる。
濡れた何かに口が塞がれる。
口いっぱいに、苦い味が広がった。
味わったことのない苦さ。
「ちょっと、キスはまずいですよ。
同意を得ないと、セクハラで訴えられます」
「気を失ってるんだろ、なら何されてもわからないじゃないか」
「だめですよ、私はこの子たちと仲良くなりたいんですから、やめてくださいよ」
ぜんぶ、膜がかかったみたいに遠い声。
でも。
舐めないで。
手、離して。
俺に触んないで。
俺に触っていいのは彼だけなのに。
お尻に触んないで。
分身にも。
やだやだやだ。
やめて、助けて……。
その時、遠くで俺の携帯の着信音が鳴った。
彼専用に設定したバラード。
誰かがすぐ出る。
「リーダーくん?
私だよ、久しぶりだね。
キラキラくん、急に具合悪くなって倒れちゃったんだよ。
今救急車呼んだんだ」
店の住所とか何かを話してる。
声はとても遠い。
どんどん遠くなる。
次に目が覚めたら、俺は病院のベッドの上だった。
そばには、メンバーとマネージャーさんがいた。
点滴されてる。
俺、どうしたの?
「気が付いた!」
仲良しの声。
「キラキラッ」
俺の手を痛いぐらい握る彼の手。
「大丈夫か?
どこも痛くないか?」
「俺……?
どうしたんだろ」
「過労やないか、て。
でも昨日までは元気だったやんな?」
「芸能人て、たまにあるらしいよ。
エネルギー切れて、そのまま倒れたりすること。
主に女の子に多いって。
まさか、おまえがなるとは思わなかった」
思い返してみた。
まあまあ美味しいケーキをみくち。
薄いコーヒーをふたくち。
そこからもう記憶がない。
でも俺、すこぶる元気だったのに。
握ってくる手に意識が向く。
彼はいつかみたいに白い顔をしていた。
泣いてはいないけど、血の気がない。
「ごめんね。
俺、調子に乗っちゃった?」
彼に触れて撫でてやりたかったけど、空いてる手には点滴が入ってたし、片方は彼ががっちり握ってたからどうにもならない。
「とりあえず、もう少しで栄養剤の点滴終わりますし、そしたら帰っていいってことなんで。
大事ないでしょうって、先生も仰ってましたから」
マネージャーさんはそう言って、病室を出て行った。
俺は周りにいるみんなに笑いかける。
次の日は、俺だけ1日お休みになった。
俺は、タクシーで実家に送ってもらう。
別れ際、彼がそっと俺にキスしてきた。
でも、口を離した途端、
「……オマエッ」
固い表情で、まるで汚いものに触れたみたいに、手の甲で自分の唇を拭う。
いつもと違う彼のその態度に、胸に鋭い痛みが走る。
俺に怒ってるんだ。
そりゃそうだよね。
俺のせいでスケジュールも狂っちゃう。
「何も考えずに、ゆっくり休めよ」
ああいやだ。
彼から離れたくない。
俺の顔を見て、優しい声で、電話するからって言ってくれたけど、俺はみんなのそばにいたかった。
離れていく彼とメンバーの姿を、タクシーの中からずっと見つめながら、鼻の奥がツーンとする。
失敗、しちゃった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。