夕焼けの赤が窓から差し込む病室で、ばあちゃんは柔らかく微笑む。
俺は空の話を最後まで聞くことが出来ず、面会時間ギリギリの病院に滑り込んだ。
脳の処理が追い付かなくて、逃げるようにしてきたのがここだった。
ばあちゃんが同じ話を何度も繰り返すのは、いつものことだ。
だけど今日は、少し様子がおかしかった。まるで入院していることを忘れているかのような口ぶり。
そして、ここに俺がいるのにまるでいないみたいに話す。
ばあちゃんの言葉で、空の言っていたことを思い出す。
あれは、空が密かに抱いていた思い。
あの人は、そのために十年の間、ずっと一人で。
そっと自分の顔を撫でる。
べつに、自覚していない訳じゃなかった。だけど、そうか。
両親がいなくなって、兄もいなくて。捨てられたと思っていた。薄情者だって、恨んできた。それは、寂しかったから。
夕日も沈み、街灯の明かりが足もとを照らしている。
車が通るたび、影が揺れて伸びる。そのたびに、ばあちゃんの言葉が頭の中で繰り返された。
空が本当は俺のことを思っていたことは分かった。
なんで、空が一緒にばあちゃんちに引き取られなかったかも分かった。
でも、じゃあなんで。なんで、俺があの家に行ってから一度も──……。
名前を呼ばれて顔を上げる。
夕闇の中、こちらへ向かって走ってくる空の姿があった。
息を切らし、額には汗がにじんでいる。
ばあちゃんの様子がおかしかった日。
何度も同じ話を繰り返すようになったあの日。
病院から帰って来た俺を、空はまっすぐ見つめていた。
湧き出てくる笑いを、止めることができなかった。
だって、そうじゃないか。空の気持ちなんて分かるはずがない。
何を思っているのか、なんで目を合わせてくれないのか、今どう感じているのか。
分かるわけがない。
顔を上げると、不思議そうに首を傾げながらも、心配そうにこちらを見つめる空と目が合った。
こんなにも分かりやすく俺を気にかけてくれているのに、逃げていたのは他でもない俺だった。
空の表情が一瞬歪む。だけど、すぐにいつもの表情へと戻った。
気の抜けた空の声が背中に届く。
そのまま返事をせず、家へと続く道を歩き出した。
後ろから「ちょ、待って!」「どういう意味!?」「なにを聞いたの!?」と慌てた声が飛んでくるけれど、もちろん無視だ。
それでも、不思議と足取りは軽かった。
家に近付いた頃、後ろとは別の賑やかな声が俺の耳に届いた。
家の前で待っていた早乙女さんが、こちらを指差し玄関を振り返る。
遅れて出てきた宗助さんは、軽く早乙女さんの頭を小突いた。
空の説明に早乙女さんを見ると、落ち込んだ様子で自分の服の裾を掴んでいた。
早乙女さんの頭に手を乗せた宗助さんも、こちらに謝罪してくる。
俺たちのことを思って、早乙女さんが作戦を立て、宗助さんが協力してくれたらしい。
頭を下げられるとは思わなかったみたいで、早乙女さんは目を丸くしている。
その場を締めくくるように、空が手を叩いた。
早乙女さんは泣きそうな顔のまま、背中に手を添えてぐいぐいと家の中に押し込んでくる。
そんなことをしなくても、もう飛び出したりしないのに。
そう言おうとしたその時、リュックの中でスナック菓子が軽い音を立てた。
前を歩いていた空がこちらを振り向く。
リビングからは、美味しそうな匂いが漂っていた。
今日は、筑前煮だったっけ。
目を見開いた空は、たっぷりと数秒驚いた後何かをかみしめるように笑って、何度も頷いた。
そう言うと、空がまた嬉しそうに笑った。
その笑みを見て、俺は胸の奥の重たさが、少しだけ軽くなった気がした。
















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。