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第1話

第一話
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2026/04/21 09:00 更新
桜の花びらが風に舞う中、俺は手元のスマホを見つめながら、重たい足取りで歩いていた。
スマホの地図に示された水色の道が、歩くたびに短くなっていく。
やがて目的地を示す丸印が、俺の現在地と重なる。
顔を上げると、そこには一軒の古民家があった。

築年数を感じさせる木造の家だった。
“古い”というよりは“趣のある”という言葉が似合う。
二階建ての家は、想像していたよりずっと大きかった。
木の外壁は日に焼けて少し色あせているけど、どこか落ち着いた雰囲気がある。
古いのに、ちゃんと手入れされているのが分かった。
柏木 陽太
柏木 陽太
今日からここが俺の住む場所……
両親が死んでから、十年間俺を育ててくれた祖父母の家を出て、ここで暮らす。
別に、一人でこの広い家に住む訳じゃない。
ここには、もうほかの住人がいる。いわゆるシェアハウスというやつだ。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……正直乗り気じゃないんだよね
ばあちゃんと住めないなら、
高校の寮の方がよかった)
ばあちゃんが入院することになって、もちろん真っ先に出た案は寮だった。けれど、結果的に決まったのはこのシェアハウスへの引っ越し。
入居者は俺で四人目になるらしい。
安心なのは、全員男だってこと。
別に女の人が嫌なわけじゃないけど、家でまで気を遣いたくない。

……まぁ、それはムリな話だけど。
?
陽太……?
玄関のドアが開き、一人の男が出てくる。
小さな声で俺の名前を呼んだのは──……。




俺の兄、柏木空だった。









___
家の中は、リフォームでもされているのか、見た目よりもずっと綺麗だった。
フローリングの廊下を進んで、リビングへ案内される。

振り返った空と一瞬だけ目が合ったけど、すぐに逸らされた。
その視線は宙を泳いで、最終的に俺の足元に落ちる。
気まずい。
これ以上ぴったりくる言葉は、他にないかもしれない。
柏木 空
柏木 空
えぇと……。いらっしゃい
ぎこちない声だった。
空は慣れた手つきで湯呑にお茶を注ぎ、俺の前へ差し出した。
そのあと、言葉が続かない。
湯気だけがゆらゆら立ちのぼって、しばらく沈黙が続いた。
やがて、空が小さく息を吸って、「あー……」と声を漏らす。
そして、覚悟を決めたように口を開いた。
柏木 空
柏木 空
元気そうで安心した
柏木 空
柏木 空
……あ、荷物はもう部屋に運んであるよ。
荷ほどき大変だったら手伝うから
柏木 陽太
柏木 陽太
いらない
空が、作り笑いみたいな顔をした。
その笑いが妙に癪にさわって、腹の奥から苛立ちがこみ上げる。
思わず強い口調で言葉を遮った。
柏木 空
柏木 空
あ、そっか……そっか。
陽太はしっかりしてるもんな
柏木 陽太
柏木 陽太
(……俺のことなんて何も知らないくせに)
この兄を、俺は兄だと思ってない。
だって。


柏木 陽太
柏木 陽太
(十年間、一度も会いに来なかったくせに)


両親が亡くなってから、俺だけが祖父母に引き取られた。
当時俺は7歳で、空は18歳。
空の年齢なら、ひとり立ちするにはもう十分だったのはわかる。
でも、まさか一度も会いに来ないなんて思わなかった。
突然両親がいなくなって、寂しくて悲しくてどうにかなってしまいそうだった。
そんな時に兄までいなくなった俺の気持ちなんて、この男はきっと一生わからない。

これまで何もしてこなかったくせに、今さら“兄らしいこと”をしようとする。
それがたまらなく嫌だった。
柏木 空
柏木 空
あ、そう、そうだ。
お昼、食べてないだろ?
空は何かを思い出したように立ち上がり、おぼんを持ってくる。
そこに乗っていたのは、きれいに盛り付けられた和食だった。
だけど。
柏木 陽太
柏木 陽太
お腹空いてない
部屋、どこ?
食べる気になんてならない。
それよりも早く、この場から抜け出したい。
これ以上、この気まずい空気に耐えられなかった。



俺に用意された部屋は、広すぎず、狭すぎもしない一人部屋だった。
すでにベッドは組み立てられていて、前もって送っていた段ボールが数個置いてある。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……ばあちゃんちに引き取られた時のこと思い出すな)
当時、まだ小さかった俺は、両親がいなくなってしまったこと、そして兄が一緒に住まないことを受け入れられなかった。
いつかきっと、また家族四人で過ごせると思っていた。
だけど、待てども待てども、俺の前に両親はもちろん、兄も姿を見せることはなかった。

──捨てられたんだ。
いつしか、そう理解するようになった。
兄は、俺のことがいらなかった。邪魔だったんだ。

思い出すたびに、胸がジリ、と焼かれたように痛くなる。
それを誤魔化すように、俺は荷解きを始めた。
荷物は多くない。数時間もすれば、最後の段ボールをたたみ終える。
そして、最後にリュックからタオルにくるまれた写真立てを取り出した。
俺とばあちゃん、そしてまだ存命だったじいちゃんが写った写真。
じいちゃんが生きていた、最後の俺の誕生日の写真だ。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……何で今更、俺の前に現れたんだよ……)
俺は小さくため息をついた。
その直後、ノックの音と同時に扉が開き、元気な声が飛び込んできた。
?
おっじゃましまーす!
ふわりと甘い匂いを携えて入ってきたのは──。
柏木 陽太
柏木 陽太
(女の人……!?)
このシェアハウスには男性しか住んでいなかったはず。
なのに、どうして。
?
初めまして! 早乙女結月でーす!
隣の部屋だからよろしくね!
柏木 陽太
柏木 陽太
隣……?
早乙女 結月
早乙女 結月
うん! あれ?
片付け手伝おうと思ってきたんだけど……
もう終わっちゃった?
柏木 陽太
柏木 陽太
(ここの住人ってこと?
このシェアハウスは“男性限定”って言ってたのに、
なんで嘘つくんだよ……)
ますます空への不信感が募る。
十年も放っておいたくせに、今さら何をしようっていうんだ。
俺の気持ちなんて知るはずもない早乙女さんに、腕を引かれた。
早乙女 結月
早乙女 結月
まぁ、終わったならいっか!
ご飯出来たから行こ!
柏木 陽太
柏木 陽太
いや、
早乙女 結月
早乙女 結月
空くんのご飯美味しいんだよ~!
俺の言葉を無視した早乙女さんに引きずられ、再びリビングへと向かうことになる。
ふわりと、醤油の香りが鼻をかすめた。ばあちゃんちでもよく嗅いだ香りだ。
テーブルには、筑前煮や焼き魚といった和食が並んでいた。
早乙女 結月
早乙女 結月
わ~美味しそ~!
柏木 空
柏木 空
あ、結月、良いところに
ご飯よそってくれる?
早乙女 結月
早乙女 結月
はいは~い!
空くんは大盛り?
柏木 空
柏木 空
僕が大盛りだったことないだろ
早乙女 結月
早乙女 結月
へへっ、今日は分かんないじゃーん!
あ、宗助さんは?
早乙女さんの声で、リビングにもう一人いることに気が付く。
すらりとした長身の男性。空よりも少し年上に見える。
宗助さんと呼ばれたその人は、早乙女さんに一言、
草場 宗助
草場 宗助
白米はいらん
とだけ返した。
そして、俺に視線を向けると、テーブルの椅子を引いてくれる。
座れ、という事だろうか。
草場 宗助
草場 宗助
飯は勝手に大盛りにされるから気を付けろ
とさらには助言までくれる。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……この人は、落ち着いてるな)
どこか安心を覚えていると、キッチンからエプロンをつけた空が出てくる。
柏木 空
柏木 空
宗助さん! 白米も食べないとって、
毎回言ってるじゃ……
俺に気が付いたのか、空は言葉を止める。
空間に、わずかなぎこちなさが漂う。
だがそれもほんの一瞬で、ご飯をよそっていた早乙女さんがキッチンから出てくると、リビングはすぐに賑やかさを取り戻した。
早乙女 結月
早乙女 結月
はい! これ空くんね!
柏木 空
柏木 空
あ、あぁ、ありが……
だから大盛りじゃないってば
早乙女 結月
早乙女 結月
えー? こんなの全然大盛りじゃないじゃ~ん
柏木 空
柏木 空
これは結月が食べな?
僕と宗助さんはその半分でいいよ
草場 宗助
草場 宗助
俺はいらない
柏木 空
柏木 空
だめです。昨日も食べてないんですから。
白米は身体のエネルギーなんですよ。ちゃんと食べないと
草場 宗助
草場 宗助
……いらない
早乙女 結月
早乙女 結月
わがままはダメだよ、宗助さん。
今日のごはんもすっごく美味しそうに炊けてるんだから!
柏木 空
柏木 空
そうですよ。ごはんがあると、
おかずももっと美味しく食べられるんですから
そんな、楽しそうな会話が目の前で繰り広げられる。
柏木 陽太
柏木 陽太
(仲いいんだな……こんな空気の中に、
今さら混ざれるわけないじゃん)
部屋に戻ろう。
賑やかな空間から背を向けたその時、空に名前を呼ばれた。
柏木 空
柏木 空
陽太! ご飯、……その、食べないと
柏木 陽太
柏木 陽太
(……俺がいたら気まずいくせに)
二人に向けるときとは違う、おどおどした目。
そんな顔で何を言ってるんだか。
俺は無言で部屋に戻った。
戻った部屋で一人、スナック菓子の袋を開ける。
ぱり、と軽い音が響いた。
柏木 陽太
柏木 陽太
(今さら兄っぽいことしてほしいとか、望んでもないのに)
これから先、俺がここにいることで、きっと面倒が増えるだけだ。
なのになぜ、空は俺を迎え入れたんだろう?
考えても答えは分からない。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……このお菓子好きなはずなのに、味がしない)
噛みしめても、口の中に広がるのは味気ない空気だけだった。

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