第5話

第五話
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2026/05/19 09:00 更新
教室の中はざわざわと騒がしくて、どこか浮ついた空気に包まれていた。
中間テストが終わって、みんな解放された気分なのだろう。
かくいう俺も、少しだけ肩の力が抜けていた。
クラスメイト男子1
なぁなぁ、柏木は何の競技出る?
柏木 陽太
柏木 陽太
そうだな……すぐ終わるやつかな
そしてこれから、近々行われる体育祭の競技決めが始まろうとしている。
クラスメイト男子1
すぐ終わるって言ったら……なんだ?
クラスメイト男子2
騎馬戦?
柏木 陽太
柏木 陽太
逃げ回ってたら長引くじゃん
クラスメイト男子2
あぁ分かった、綱引きだ!
クラスメイト男子1
うちのクラスってどうなん?
力強そうなやついたっけ?
クラスメイト男子2
クラスの足引っ張りたくはないけどさー、
俺たち文系が活躍できる競技なんてそもそもなくね?
クラスメイト女子1
こら! 最初からあきらめないでよね!
柏木 陽太
柏木 陽太
あ、俺パン食い競争出たいかも
クラスメイト男子1
ずりーぞ、柏木! 俺も狙ってんのに!
クラスメイト女子2
柏木くん、パン食い競争のパン、
今年はあんパンらしいよ
柏木 陽太
柏木 陽太
去年はクリームパンだったじゃん……
クラスメイト男子2
あんパン嫌いなおせば?
俺は机に突っ伏した。
あんパンであるという事実に、心が折れた。
なぜ去年はクリームパンだったのに今年から変えるのだろうか。なぜクリームパンじゃ駄目だったのか。そもそもあんパンの美味しさはどこにあるのだろうか。
クラスメイト男子2
あんパン美味いけどな。
ウチの購買のあんパン、人気なんだぜ?
柏木 陽太
柏木 陽太
もさもさするだけじゃん……
クラスメイト男子1
柏木が200m走出たいって~
柏木 陽太
柏木 陽太
言ってない
進んでいく体育祭の話に耳を傾けながら、ふと去年を思い出す。
去年は、ばあちゃんがお弁当を持ってきてくれた。
大きな重箱にこれでもかと詰められたおかず。どれもとても美味しかったのを覚えている。
気恥ずかしさがなかったといえばウソになるが、朝早くから準備してくれていたばあちゃんの姿を見てたから、それよりも嬉しさの方がずっと勝ってた。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……今年は教室で食べるか)
体育祭の昼休み。
校庭は、家族と弁当を広げる生徒たちがブルーシートを並べて、まるで花見みたいに賑わう。
その輪の中に一人で混ざる気には、どうしてもなれない。
だからばあちゃんが来れない今年は、教室で食べることになるだろう。
前の席で騒いでいるこいつも、確か教室組だったはずだ。
まぁ、一緒に食べる相手としてはちょうどいいかもしれない。






学校からの帰り道。
コンビニの袋を片手に、だらだらと歩く。
中身はスナック菓子。──それが、今日の夕飯だ。
ため息をひとつついて、リュックにしまい込む。

ずっと、早乙女さんが作ってくれていると思っていた。
でもあの日、それが空の手によるものだと知ってからは、もう食べる気になれなくなった。
柏木 陽太
柏木 陽太
(ばあちゃんのご飯たべたい……)
ばあちゃんは、俺の食べる姿を想像するとそれだけでやる気が出るってよく言っていた。
だけど、空は違う。
早乙女さんたちの分はともかく、きっと本当は俺の分なんて作りたくないはずだ。
気を遣うくらいなら、もういっそ関わらないで欲しい。

そんなことを考えているうちに、家が見えてきた。
腹の奥がぐるぐると重くなる。
まさか帰るという行為だけでこんなにも嫌気がさすようになるなんて、去年の俺は考えていただろうか。

大きなため息をついてから、扉を開ける。
すると、そこには先客がいた。
スーツを着た、若そうな男性。
振り返ったその人の首からは、名札がぶら下がっていた。

『〇〇市立病院・相談員』

陽太(ばあちゃんが入院してる病院だ)

相談員さんは、俺に気が付くとにこやかな笑顔で軽く会釈してきた。
俺もぺこりと頭を下げて返す。
顔を上げた拍子に、玄関で相談員さんに応対していた空と目が合った。
……どこか、焦っているように見えた。
柏木 空
柏木 空
あ、ちょ、ちょっと待ってもらってもいいですか?
相談員
ええもちろんです。すみません、お邪魔しております
柏木 陽太
柏木 陽太
いえ……
柏木 空
柏木 空
陽太
背中を押されるようにして、今入って来たばかりの玄関の外に出された。
パタン、と扉が閉まる。
空はその前で立ち尽くし、視線を彷徨わせながら言葉を探している。
柏木 空
柏木 空
おかえり。その、今少し取り込んでて
柏木 陽太
柏木 陽太
ばあちゃんの病院の人でしょ
柏木 空
柏木 空
あぁ、そう、うん。
えっと、……
柏木 空
柏木 空
帰ってきて疲れてる所申し訳ないんだけど、
買い出し、お願いしてもいい?
結月が先に行ってるから
柏木 陽太
柏木 陽太
ばあちゃんに何かあったの?
柏木 空
柏木 空
違う! 元気だよ。大丈夫
柏木 陽太
柏木 陽太
じゃあなんであの人来てるの?
悪化したとか?
柏木 空
柏木 空
えっと……
何を聞いても、空は答えてくれない。
視線は泳ぐばかりで、こちらを見てもくれない。
柏木 陽太
柏木 陽太
(ばあちゃんのことさえ、
もう俺は教えてもらえないのか)
ばあちゃんと一緒に過ごしたのは俺だった。
ずっと、十年間ずっと一緒に居たのは俺なのに。
なのに、こういう時にばあちゃんのことを知る権利さえも、空は奪っていくんだ。
家族を棄てたくせに、今さら出てきて、俺の唯一の家族まで横取りしていくんだ。
柏木 陽太
柏木 陽太
……ばあちゃんのことは
柏木 空
柏木 空
え……?
柏木 陽太
柏木 陽太
ばあちゃんのことなら俺のほうがよく知ってる
柏木 空
柏木 空
それは、
柏木 陽太
柏木 陽太
ばあちゃんのこと、何も知らないくせに
柏木 陽太
柏木 陽太
今さら出てきて何がしたいの?
俺の家族を奪わないでよ
柏木 空
柏木 空
陽太、違う、僕は
柏木 陽太
柏木 陽太
離して
空に掴まれていた腕を振り払う。
あっけないほど簡単に離れた空の手は、視線と同じく宙を彷徨うだけだった。
柏木 陽太
柏木 陽太
……もういいよ
柏木 空
柏木 空
陽太!
空の声を無視して、その場から逃げ出す。
リュックの中で、押し込んだスナック菓子がガサガサと鳴る。
砕けてしまってるかもな──そんな、どうでもいいことだけが頭の中を占めていた。

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