スマホのアラームが、やかましいほどに鳴り響く。
すぐ止めたけど、起き上がる気力はない。朝なんて、だいたいこんなもんだ。
目を閉じてうとうとしていると、微かに音が聞こえてくる。
これは……包丁がまな板を叩く音。そして、フライパンで何かを焼く音。
ごろりと寝返りを打つと、目の前には見慣れぬ天井。
昨日のことを思い出し、朝からため息が出そうになる。
バン、と勢いよく開く扉の音に、思わず声が漏れた。
誰が来たかなんて確認せずともわかる。
早乙女さんだ。
シャっと音を立ててカーテンが開く。
眩しさに思わず目を細めると、カーテンの前に立つ早乙女さんがいた。
朝の光を背に、すでに身支度を整えた彼女が鼻歌交じりにこちらを振り返る。
急かされるままに着替えて、リビングへと下りる。
昨日と同じようにエプロン姿の空は、元気な早乙女さんと挨拶を交わしたあと、俺にも一応といった感じで声をかけてきた。
どうやら、早乙女さんは空にお弁当を作ってもらっているらしい。
ぴょんぴょん飛び跳ねる早乙女さんに、空は優しい笑顔を向けている。
朝聞こえていた音は、そのお弁当を作っていたときのものだったのか。
楽しそうにトーストの準備をしていた早乙女さんは、空からお弁当の残りらしい卵焼きをひと切れもらうと、またぴょんと跳ねていた。
朝から元気だ……。
玄関で靴を履いていると、カバンを肩にかけた早乙女さんが声をかけてきた。
どうやら出る時間が一緒らしい。
靴履く時まで元気だな、なんて思っていると、後ろから空がやってきた。
その手には弁当箱が……二つ。
二人のやり取りが、なんかちょっとイチャついてるみたいで、見てるこっちがいたたまれなくなる。
空はそんな早乙女さんに弁当箱を一つ渡し、もう一つを──
俺に差し出してきた。
さっきまで早乙女さんと楽しそうに話していたときの顔とは違う。
どこか強張っていて、こちらをうかがうような表情だった。
どうせ俺は、早乙女さんみたいに“作り甲斐のある言葉”なんて言えない。
弁当箱を両手に抱えた早乙女さんは、これ以上ないくらい嬉しそうに笑った。
それを見た空も、少しほっとしたように笑う。
早乙女さんと話している空の方が、よっぽど兄妹みたいに見える。
しかも、その方がずっと自然で、仲が良さそうにすら見えた。
余計な考えを追い出すように、軽く頭を振って玄関を出た。
これ以上、この光景を見ていたくなかった。
夜。帰宅してからずっと部屋にこもっていた俺の部屋の扉が、ノックされる音がした。
扉を開けると、そこにいたのはやっぱり早乙女さんだった。
手には食事の乗ったおぼんを持っている。
そう言って、早乙女さんは部屋を出て行った。
残されたのは、半ば強引に渡された夕食。
湯気の立つお皿からは、昨日と同じように、どこか懐かしい香りがした。
空腹をごまかしていた腹が、ぐぅ、と鳴る。
今日も夕食代わりに用意していたスナック菓子を片付けて、運ばれてきた料理に手を伸ばす。
並んでいるのは、見た目も味もきっちりしてそうな料理。
料亭のごはんって言っても通じそうだけど、ちゃんと家庭っぽい温かさもある。
こういうの、たぶん“バランスがいい”って言うんだろう。
俺にはよくわからないけど。
自他共に認める偏食である俺は、好き嫌いがとにかく多い。
野菜なんて、ほとんど無理だ。
キュウリが入っているポテトサラダと、なんかよくわからない緑色の物体が入った小鉢には手を付けず、メインの肉じゃがと白米だけを食べる。肉じゃがのいんげんは、箸でそっと避けておく。
味は濃すぎず、口に入れるとふわっとやさしい味が広がった。
素直に美味しいと思えるその料理に、箸がどんどん伸びていった。
とはいっても、食べられたのは半分くらい。
残った分はラップでもしておこうと、リビングへ向かった。
どうせ誰が食べるわけでもないだろうけど、捨てるのもなんとなく気が引けた。
リビングはもう静まり返っていて、人の気配がない。
空になった食器を流しに運んで洗ってみたものの、どこにしまえばいいのか分からない。
腹が満たされれば、次に来るのは眠気だ。
早く風呂に入って寝てしまおう。
そう決めて、寝間着を持って風呂場へと向かう。
ぼんやりした頭でそんなことを考えながら、扉を開けたその瞬間──。
白い湯気がうっすら漂う脱衣所の中。
洗面台の前に立っていたのは、パックをしている全裸の早乙女さんだった。
そう、全裸の。
早く閉めなくちゃ、とか、いきなり開けたことを謝らなくちゃ、そんな考えは全部吹き飛んだ。
いや、本来なら、それを真っ先にしなくちゃいけなかったんだけど。
けれど、俺は人としてやらなきゃいけない事も忘れるほどの衝撃を受けていた。
目を疑った。
早乙女さんに、自分と同じものが付いているのを、見てしまった。
固まったまま、数秒。
白い湯気の中で、俺と早乙女さんはただ見つめ合っていた。
先に動いたのは早乙女さんだ。
ハッとしたようにタオルを掴み、慌てて体を隠す。
それでも、俺の頭はまだ追いつかない。
信じられない気持ちのまま、喉の奥からようやく声が出た。
早乙女さんの眉がぴくりと動く。
その顔は、怒っているような、呆れているような──何とも言えない表情だった。















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!