第2話

第二話
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2026/04/28 09:00 更新
スマホのアラームが、やかましいほどに鳴り響く。
すぐ止めたけど、起き上がる気力はない。朝なんて、だいたいこんなもんだ。
目を閉じてうとうとしていると、微かに音が聞こえてくる。
これは……包丁がまな板を叩く音。そして、フライパンで何かを焼く音。
柏木 陽太
柏木 陽太
(ばあちゃん、いつもより包丁の音が軽いな。ご機嫌なのかな)
ごろりと寝返りを打つと、目の前には見慣れぬ天井。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……そうだ、ばあちゃんちじゃないんだった)
昨日のことを思い出し、朝からため息が出そうになる。
早乙女 結月
早乙女 結月
おはよー!
柏木 陽太
柏木 陽太
……ノックって知ってます?
バン、と勢いよく開く扉の音に、思わず声が漏れた。
誰が来たかなんて確認せずともわかる。
早乙女さんだ。
早乙女 結月
早乙女 結月
起きて起きて! ほら超良い天気! 
やば~! ピクニック日和って感じ!
シャっと音を立ててカーテンが開く。
眩しさに思わず目を細めると、カーテンの前に立つ早乙女さんがいた。
朝の光を背に、すでに身支度を整えた彼女が鼻歌交じりにこちらを振り返る。
早乙女 結月
早乙女 結月
早く着替えて、ご飯食べいこ!
柏木 陽太
柏木 陽太
……とりあえず、一回部屋から出てもらっていいですか
急かされるままに着替えて、リビングへと下りる。
昨日と同じようにエプロン姿の空は、元気な早乙女さんと挨拶を交わしたあと、俺にも一応といった感じで声をかけてきた。
柏木 空
柏木 空
えっと、おはよう
柏木 陽太
柏木 陽太
…………
早乙女 結月
早乙女 結月
あ!! もしかして今日のお弁当に
から揚げ入ってる!?
柏木 空
柏木 空
ははっ、お願いされちゃったからね
早乙女 結月
早乙女 結月
やったー! 最高すぎ! お昼楽しみ~!
どうやら、早乙女さんは空にお弁当を作ってもらっているらしい。
ぴょんぴょん飛び跳ねる早乙女さんに、空は優しい笑顔を向けている。

朝聞こえていた音は、そのお弁当を作っていたときのものだったのか。
早乙女 結月
早乙女 結月
陽太くんは何枚食べる?
柏木 陽太
柏木 陽太
……はい?
早乙女 結月
早乙女 結月
トースト! 二枚?
柏木 陽太
柏木 陽太
いや……
早乙女 結月
早乙女 結月
えっ! 三枚?
柏木 陽太
柏木 陽太
なんで増えるんですか。一枚です
早乙女 結月
早乙女 結月
なーんだ。あ、ジャム塗る? 苺しかないけど
早乙女 結月
早乙女 結月
あれ、はちみつもあるんだっけ?
柏木 空
柏木 空
うん。棚に新しいのがあるはずだよ
早乙女 結月
早乙女 結月
だって! どうする?
あたしはちみつバターにするけど一緒でいい?
柏木 陽太
柏木 陽太
……はい
早乙女 結月
早乙女 結月
おっけー!
柏木 陽太
柏木 陽太
(……思わず頷いてしまった)
楽しそうにトーストの準備をしていた早乙女さんは、空からお弁当の残りらしい卵焼きをひと切れもらうと、またぴょんと跳ねていた。
朝から元気だ……。




早乙女 結月
早乙女 結月
ねぇねぇ、帰り何時?
玄関で靴を履いていると、カバンを肩にかけた早乙女さんが声をかけてきた。
どうやら出る時間が一緒らしい。
柏木 陽太
柏木 陽太
え? そうですね……16時くらい?
早乙女 結月
早乙女 結月
ながー! 高校生って朝から晩まで
勉強してて、ほんと偉いよね
柏木 陽太
柏木 陽太
晩までってほどでもないでしょ……
柏木 陽太
柏木 陽太
ていうか、早乙女さんも高校生経験者じゃないですか
早乙女 結月
早乙女 結月
ねー、本当に。あたしよく耐えてたよなぁ
早乙女 結月
早乙女 結月
あ、でもね、大学は一コマが長いんだよ。
今でもよく耐えてるよね!
柏木 陽太
柏木 陽太
はぁ……
柏木 空
柏木 空
結月
靴履く時まで元気だな、なんて思っていると、後ろから空がやってきた。
その手には弁当箱が……二つ。
早乙女 結月
早乙女 結月
あ!! ありがと~! ほんとに楽しみ!
柏木 空
柏木 空
いつも楽しみにしてくれるから、作る甲斐があるよ
早乙女 結月
早乙女 結月
だって、空くんのごはんって
何食べてもおいしいんだもん!
早乙女 結月
早乙女 結月
ここ来てからちょっと太った気がするし!
柏木 空
柏木 空
そんなことないよ
結月はいつでもかわいい
早乙女 結月
早乙女 結月
へへっ! じゃあいっか!
二人のやり取りが、なんかちょっとイチャついてるみたいで、見てるこっちがいたたまれなくなる。
空はそんな早乙女さんに弁当箱を一つ渡し、もう一つを──
柏木 空
柏木 空
陽太
俺に差し出してきた。
さっきまで早乙女さんと楽しそうに話していたときの顔とは違う。
どこか強張っていて、こちらをうかがうような表情だった。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……無理して作らなくていいのに)
どうせ俺は、早乙女さんみたいに“作り甲斐のある言葉”なんて言えない。
柏木 陽太
柏木 陽太
いらない。昼はいつも友達と購買で買って食べるから
柏木 空
柏木 空
……あ、そっか
うん、急に弁当渡されても困るよな
早乙女 結月
早乙女 結月
あ! じゃあじゃあ、それももらっていい?
柏木 空
柏木 空
え?
早乙女 結月
早乙女 結月
あたしがリクエストしたから揚げ弁当だもん!
二個食べる権利あるよね?
柏木 空
柏木 空
……うん、じゃあ、
結月に食べてもらおうかな
早乙女 結月
早乙女 結月
やったー! ありがとう!
弁当箱を両手に抱えた早乙女さんは、これ以上ないくらい嬉しそうに笑った。
それを見た空も、少しほっとしたように笑う。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……断ったのはこっちだけど、
そんな顔を見せられるのは、なんかきつい)
早乙女さんと話している空の方が、よっぽど兄妹みたいに見える。
しかも、その方がずっと自然で、仲が良さそうにすら見えた。
柏木 陽太
柏木 陽太
(自分で考えて虚しくなってきた)
余計な考えを追い出すように、軽く頭を振って玄関を出た。
これ以上、この光景を見ていたくなかった。






早乙女 結月
早乙女 結月
陽太くーん!
夜。帰宅してからずっと部屋にこもっていた俺の部屋の扉が、ノックされる音がした。
扉を開けると、そこにいたのはやっぱり早乙女さんだった。
手には食事の乗ったおぼんを持っている。
早乙女 結月
早乙女 結月
はい! 陽太くんの分!
今日はあたしがお皿洗い当番だけど、
もう他のは洗い終わっちゃったからさ、
これは自分で洗ってね!
柏木 陽太
柏木 陽太
はぁ……
早乙女 結月
早乙女 結月
じゃ! ちゃんと食べなね!
そう言って、早乙女さんは部屋を出て行った。
残されたのは、半ば強引に渡された夕食。
湯気の立つお皿からは、昨日と同じように、どこか懐かしい香りがした。
空腹をごまかしていた腹が、ぐぅ、と鳴る。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……部屋で食べるならいいか)
今日も夕食代わりに用意していたスナック菓子を片付けて、運ばれてきた料理に手を伸ばす。
並んでいるのは、見た目も味もきっちりしてそうな料理。
料亭のごはんって言っても通じそうだけど、ちゃんと家庭っぽい温かさもある。
こういうの、たぶん“バランスがいい”って言うんだろう。
俺にはよくわからないけど。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……食べられないもの、多すぎだよな)
自他共に認める偏食である俺は、好き嫌いがとにかく多い。
野菜なんて、ほとんど無理だ。
キュウリが入っているポテトサラダと、なんかよくわからない緑色の物体が入った小鉢には手を付けず、メインの肉じゃがと白米だけを食べる。肉じゃがのいんげんは、箸でそっと避けておく。

味は濃すぎず、口に入れるとふわっとやさしい味が広がった。
柏木 陽太
柏木 陽太
(持って来たってことは、
今日は早乙女さんが作ったのかな)
素直に美味しいと思えるその料理に、箸がどんどん伸びていった。
とはいっても、食べられたのは半分くらい。
残った分はラップでもしておこうと、リビングへ向かった。
どうせ誰が食べるわけでもないだろうけど、捨てるのもなんとなく気が引けた。
リビングはもう静まり返っていて、人の気配がない。
空になった食器を流しに運んで洗ってみたものの、どこにしまえばいいのか分からない。
柏木 陽太
柏木 陽太
(いったん流しの横に置いておけばいっか)
腹が満たされれば、次に来るのは眠気だ。
早く風呂に入って寝てしまおう。
そう決めて、寝間着を持って風呂場へと向かう。
柏木 陽太
柏木 陽太
(早乙女さんに、残したのすみませんって言わなきゃなぁ)
ぼんやりした頭でそんなことを考えながら、扉を開けたその瞬間──。
早乙女 結月
早乙女 結月
あっ
白い湯気がうっすら漂う脱衣所の中。
洗面台の前に立っていたのは、パックをしている全裸の早乙女さんだった。



そう、全裸の。



早く閉めなくちゃ、とか、いきなり開けたことを謝らなくちゃ、そんな考えは全部吹き飛んだ。
いや、本来なら、それを真っ先にしなくちゃいけなかったんだけど。
けれど、俺は人としてやらなきゃいけない事も忘れるほどの衝撃を受けていた。
柏木 陽太
柏木 陽太
……男……?
目を疑った。
早乙女さんに、自分と同じものが付いているのを、見てしまった。

固まったまま、数秒。
白い湯気の中で、俺と早乙女さんはただ見つめ合っていた。

先に動いたのは早乙女さんだ。
ハッとしたようにタオルを掴み、慌てて体を隠す。
それでも、俺の頭はまだ追いつかない。
信じられない気持ちのまま、喉の奥からようやく声が出た。
柏木 陽太
柏木 陽太
……男の人、だったんですか?
早乙女さんの眉がぴくりと動く。
その顔は、怒っているような、呆れているような──何とも言えない表情だった。
早乙女 結月
早乙女 結月
まず言うことあるよね?
柏木 陽太
柏木 陽太
すみませんでした!!

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