部屋にこもっていても、リビングから賑やかな声が聞こえてくる。
最初のうちは「何してんだ」とか「何言い合ってんだ」とか思っていたけれど、こうも毎日続けば、もう「またか」以外の感想が出てこない。
むしろ、よく毎日色んな言い争いができるものだ。
もうすぐ始まるテストに向けて、机の上の教科書に視線を戻したその時──、部屋の扉を、コンコンと叩く音がした。
入ってきたのは、エプロン姿の空だった。
こちらを見た空は、俺が勉強していたことに気が付いたのか「偉いねぇ」なんて言ってくる。
──もし母さんが生きてたら、こんな風に言われてたのかな。
少し前までは、部屋の中でこうやって空と話すなんて想像もつかなかった。
そもそも、ご飯が出来たって呼びに来るのも、部屋に運んでくるのも、空じゃなく早乙女さんだったから。
ぐちぐちと、それこそ母親みたく小言を言ってくる空に、わざとらしく耳を塞ぐ。
これが始まると長いんだよなぁ。途中で早乙女さんか宗助さんが呼びに来てくれないかな。
不意に止まった空の言葉に、首を傾げる。
空が見ていたのは、タンスに置かれた写真立て。じいちゃんとばあちゃんと俺が映った写真だった。
写真を見たまま、空が問いかけてくる。
宗助さんの前では言い切っていたものの、不安は残っているらしい。
写真を眺める空の目は、最近ではめっきり見なくなった、再会した頃の揺らいだものになっていた。
空の目が俺を見る。
小言は言うし、朝寝坊なんて許されないし、ご飯を残そうものなら「栄養が偏る」とか「バランスが崩れる」とか、めちゃくちゃうるさいくせに。
寂しい思いはしてないか、なんてよく言うよ。
自分でも驚くほど、素直に出た言葉だった。
空は目を瞬かせ、それからゆっくりと笑った。
目元がわずかに濡れて見えたのは、気のせいだと思う。
どこか気恥ずかしくなって、空の背中を押してリビングへと向かう。
顔赤くないかな。
早乙女さんにばれたら、絶対何か言ってくるよな。
と心配したものの、早乙女さんは宗助さん相手に忙しそうだった。
手際よく準備をする早乙女さんと、顔色一つ変えず座っている宗助さん。
先ほどからずっと言い争っているこの二人は、本当に仲が良いと思う。
祖父母の家ではなかった賑やかさ。
テーブルに並んだ料理はどれも美味しそうで、口の中に唾がたまる。
さっきまで黙っていたお腹が、かすかに鳴った。
──あぁ、これが“お腹がすく”ってことなんだな。
そう思いながら椅子に座り、みんなと一緒に手を合わせる。
「いただきます」の声が、重なって響いた。
賑やかに進んでいく食事の時間。
ふと、ばあちゃんちでの食卓を思い出した。
あの時間は静かで、ゆったりしていて、温かかった。
最近は、ばあちゃんの認知症も進んでしまって、会話が続かない日もある。
それでも、俺に「ちゃんと食べてる?」と聞くことだけは、いつも変わらない。
早乙女さんと宗助さんの攻防を見守っていた空に、声をかける。
こちらを見る空の目には、ばあちゃんに似た優しさと温もりがあった。
早乙女さんと宗助さんも、こちらを見ている。
俺は、二人にも伝える様に続きを口にした。
ばあちゃんは俺たちが、俺と空が一緒に幸せに暮らすことを望んでた。
きっと、その“幸せ”って──こうして一緒に食卓を囲むことなんだと思う。
家族でも、家族じゃなくても。
いっしょに、笑いながら。
玄関に見送りに来てくれたらしい宗助さんの言葉を受けながら靴を履いていると、キッチンから空が走ってくる。
忘れてた。
二人に見送られ、玄関の扉を開ける。
手に持った弁当から、ほのかに漂う香りに思わず口元が緩んだ。
今日は何が入ってるだろう。
昼休みがこんなにも待ち遠しくなるなんて、予想もしていなかった。
部屋のタンスに置かれた、祖父母と撮った写真。
その隣に、食卓を囲む四人の写真が新しく並んでいた。
その中心で、俺と空が笑っている。
過ぎた時間は戻らない。十年の空白だって、そう簡単に埋まるものじゃない。
それでも──これから一緒に過ごす時間のほうが、きっとずっと長くなる。
だから、だいじょうぶ。そう思えた。
終
















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。