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第10話

第十話
392
2026/06/23 09:00 更新
早乙女 結月
早乙女 結月
一緒に行こうってば!
草場 宗助
草場 宗助
断る
早乙女 結月
早乙女 結月
なんでなんで!
ここのランチ、美味しいって評判なんだよ!?
インテリアも超かわいくておしゃれだし!
草場 宗助
草場 宗助
オシャレな店の飯は総じて草が多い
早乙女 結月
早乙女 結月
サラダのこと草って言うの宗助さんだけだよ!
部屋にこもっていても、リビングから賑やかな声が聞こえてくる。
最初のうちは「何してんだ」とか「何言い合ってんだ」とか思っていたけれど、こうも毎日続けば、もう「またか」以外の感想が出てこない。
むしろ、よく毎日色んな言い争いができるものだ。

もうすぐ始まるテストに向けて、机の上の教科書に視線を戻したその時──、部屋の扉を、コンコンと叩く音がした。
柏木 空
柏木 空
陽太。ご飯できたよ
入ってきたのは、エプロン姿の空だった。
こちらを見た空は、俺が勉強していたことに気が付いたのか「偉いねぇ」なんて言ってくる。
──もし母さんが生きてたら、こんな風に言われてたのかな。
柏木 空
柏木 空
そっか。テスト近いんだ
柏木 陽太
柏木 陽太
うん。テスト期間は弁当いらないから
柏木 空
柏木 空
家では食べるだろ? 用意しておくよ
柏木 陽太
柏木 陽太
うん……うん
柏木 空
柏木 空
お腹空いたら勉強どころじゃないよ
少し前までは、部屋の中でこうやって空と話すなんて想像もつかなかった。
そもそも、ご飯が出来たって呼びに来るのも、部屋に運んでくるのも、空じゃなく早乙女さんだったから。
柏木 空
柏木 空
さ、ご飯食べに行こう
柏木 陽太
柏木 陽太
うん……あ、でも
早乙女さんと宗助さん落ち着いた?
俺、二人の言い合い聞いたら暗記したこと全部飛びそう
柏木 空
柏木 空
どうだろう……まだ元気にやってると思うよ
柏木 陽太
柏木 陽太
えー……。いつ終わると思う?
柏木 空
柏木 空
一回別の話題に行ってもまた戻ってくるだろうね。
結月、すごく行きたがってたし
柏木 空
柏木 空
陽太、一緒に行ってあげたら?
柏木 陽太
柏木 陽太
え、やだよ。
オシャレな店なんでしょ?
柏木 空
柏木 空
宗助さんと同じこと言う。
僕もまだ行ったことないけど、
口コミで美味しいって評判なんだよ。
特にサラダのドレッシングがオリジナルで……
柏木 陽太
柏木 陽太
空の作る和風ドレッシングと
どっちが美味しい?
柏木 空
柏木 空
え? うーん……
好みによるんじゃないかな……。
そのお店は洋風だろうし
柏木 陽太
柏木 陽太
じゃあいいや
柏木 空
柏木 空
……もしかして、僕が作った
ドレッシング気に入ってくれた?
柏木 陽太
柏木 陽太
……。
和風の方が好きなだけ
柏木 空
柏木 空
陽太……!
最近ね、また新しいドレッシングの
レシピ作ってるんだ。今度試食してくれる?
柏木 陽太
柏木 陽太
サラダ食べなきゃいけなくなるからやだ
柏木 空
柏木 空
え!? 今のって食べてくれる
流れじゃなかったの!?
柏木 陽太
柏木 陽太
べつに食べるとは言ってないし、
サラダは食べないでしょ、俺
柏木 空
柏木 空
サラダは食べないとだめだよ!
野菜が足りないと栄養が偏っちゃうんだから
柏木 空
柏木 空
大人になるにつれて食べられるように
なるものもあるけど、今のうちに……
ぐちぐちと、それこそ母親みたく小言を言ってくる空に、わざとらしく耳を塞ぐ。
これが始まると長いんだよなぁ。途中で早乙女さんか宗助さんが呼びに来てくれないかな。
柏木 空
柏木 空
それに…………
柏木 陽太
柏木 陽太
不意に止まった空の言葉に、首を傾げる。
空が見ていたのは、タンスに置かれた写真立て。じいちゃんとばあちゃんと俺が映った写真だった。
柏木 空
柏木 空
陽太
柏木 陽太
柏木 陽太
? なに?
柏木 空
柏木 空
寂しい思いはしてない?
写真を見たまま、空が問いかけてくる。
柏木 空
柏木 空
『陽太がもう寂しい思いをしなくて済むように……
あの子が帰る“家”を作るのが僕の役目だと、
そう思っています』
宗助さんの前では言い切っていたものの、不安は残っているらしい。
写真を眺める空の目は、最近ではめっきり見なくなった、再会した頃の揺らいだものになっていた。
柏木 陽太
柏木 陽太
してないよ
柏木 陽太
柏木 陽太
寂しいなんて思う暇もないくらい、構ってくるじゃん
空の目が俺を見る。
小言は言うし、朝寝坊なんて許されないし、ご飯を残そうものなら「栄養が偏る」とか「バランスが崩れる」とか、めちゃくちゃうるさいくせに。
寂しい思いはしてないか、なんてよく言うよ。
柏木 陽太
柏木 陽太
ここに来れてよかったよ
柏木 空
柏木 空
……陽太
自分でも驚くほど、素直に出た言葉だった。
空は目を瞬かせ、それからゆっくりと笑った。
目元がわずかに濡れて見えたのは、気のせいだと思う。
柏木 陽太
柏木 陽太
ほらご飯なんでしょ。
そろそろ言い合いも終わったんじゃない?
どこか気恥ずかしくなって、空の背中を押してリビングへと向かう。
顔赤くないかな。
早乙女さんにばれたら、絶対何か言ってくるよな。

と心配したものの、早乙女さんは宗助さん相手に忙しそうだった。
早乙女 結月
早乙女 結月
座ってないでお皿出すの手伝ってよ!
草場 宗助
草場 宗助
お前がやった方が早いだろう
早乙女 結月
早乙女 結月
そんなんだから
亭主関白なんて言われるんだよ!
草場 宗助
草場 宗助
だれに
早乙女 結月
早乙女 結月
あたしに!!
手際よく準備をする早乙女さんと、顔色一つ変えず座っている宗助さん。
先ほどからずっと言い争っているこの二人は、本当に仲が良いと思う。
早乙女 結月
早乙女 結月
あ! やっと来た空くん!
空くんからも何か言ってよ!
柏木 空
柏木 空
宗助さんは動くと
筋肉痛になっちゃうから
早乙女 結月
早乙女 結月
あはっ! 言うねぇ空くん!
草場 宗助
草場 宗助
空、後で話がある
祖父母の家ではなかった賑やかさ。
テーブルに並んだ料理はどれも美味しそうで、口の中に唾がたまる。
さっきまで黙っていたお腹が、かすかに鳴った。

──あぁ、これが“お腹がすく”ってことなんだな。

そう思いながら椅子に座り、みんなと一緒に手を合わせる。
「いただきます」の声が、重なって響いた。
柏木 空
柏木 空
こら、陽太! 野菜は!
柏木 陽太
柏木 陽太
食べてる
柏木 空
柏木 空
パプリカ食べられるようになったのは偉いけど!
それ以外も食べなさい!
早乙女 結月
早乙女 結月
宗助さんも器用に避けるよねぇ
早乙女 結月
早乙女 結月
好き嫌いして恥ずかしくないの?
草場 宗助
草場 宗助
全く
草場 宗助
草場 宗助
食べたいやつが食べればいい
早乙女 結月
早乙女 結月
ちょっと! こっちに乗せないでよ!
あたしは自分で取ってるからいいの!
柏木 空
柏木 空
味付け変えてみたので食べてみてくださいよ
草場 宗助
草場 宗助
もう俺の皿にはないから食べられないな。
これ以上箸を動かすと筋肉痛になりそうだし
柏木 陽太
柏木 陽太
根に持ってる……
早乙女 結月
早乙女 結月
じゃあ、あたしがよそってあげるね!
柏木 空
柏木 空
結月は本当に優しいね
賑やかに進んでいく食事の時間。
ふと、ばあちゃんちでの食卓を思い出した。
あの時間は静かで、ゆったりしていて、温かかった。
最近は、ばあちゃんの認知症も進んでしまって、会話が続かない日もある。
それでも、俺に「ちゃんと食べてる?」と聞くことだけは、いつも変わらない。
柏木 陽太
柏木 陽太
ねぇ、空
早乙女さんと宗助さんの攻防を見守っていた空に、声をかける。
こちらを見る空の目には、ばあちゃんに似た優しさと温もりがあった。
柏木 陽太
柏木 陽太
写真、撮りたいんだけど
柏木 空
柏木 空
写真?
柏木 陽太
柏木 陽太
うん
早乙女さんと宗助さんも、こちらを見ている。
俺は、二人にも伝える様に続きを口にした。
柏木 陽太
柏木 陽太
ばあちゃんに教えてあげたいんだ。
ちゃんとごはん食べてるよって
柏木 陽太
柏木 陽太
それから……幸せだよ、って
ばあちゃんは俺たちが、俺と空が一緒に幸せに暮らすことを望んでた。
きっと、その“幸せ”って──こうして一緒に食卓を囲むことなんだと思う。

家族でも、家族じゃなくても。
いっしょに、笑いながら。







早乙女 結月
早乙女 結月
陽太くんはやく~! 遅刻しちゃう!
柏木 陽太
柏木 陽太
今行きますって
早乙女 結月
早乙女 結月
あ! 宗助さんおはよ!
今日も起きてて偉いね!
草場 宗助
草場 宗助
はいはい。
朝から元気だな、若者は
柏木 空
柏木 空
陽太! 結月!
お弁当!
玄関に見送りに来てくれたらしい宗助さんの言葉を受けながら靴を履いていると、キッチンから空が走ってくる。
忘れてた。
早乙女 結月
早乙女 結月
わーいありがとー!
柏木 陽太
柏木 陽太
ありがとう
柏木 空
柏木 空
気を付けてね、行ってらっしゃい
二人に見送られ、玄関の扉を開ける。
手に持った弁当から、ほのかに漂う香りに思わず口元が緩んだ。
今日は何が入ってるだろう。

昼休みがこんなにも待ち遠しくなるなんて、予想もしていなかった。
柏木 陽太
柏木 陽太
柏木 空
柏木 空
どうした? 忘れ物?
柏木 陽太
柏木 陽太
夜ご飯なに?
柏木 空
柏木 空
まだ決めてないよ。
何か食べたいものある?
柏木 陽太
柏木 陽太
じゃあ、から揚げがいいな
早乙女 結月
早乙女 結月
あ! いいねから揚げ!!
あたしも賛成!
草場 宗助
草場 宗助
若いなぁ
柏木 空
柏木 空
分かった。
じゃあ、から揚げにしよう










部屋のタンスに置かれた、祖父母と撮った写真。
その隣に、食卓を囲む四人の写真が新しく並んでいた。
その中心で、俺と空が笑っている。
過ぎた時間は戻らない。十年の空白だって、そう簡単に埋まるものじゃない。
それでも──これから一緒に過ごす時間のほうが、きっとずっと長くなる。
だから、だいじょうぶ。そう思えた。

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