第3話

第三話
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2026/05/05 09:00 更新
早乙女 結月
早乙女 結月
ねー、ほんとに一枚で足りる?
高校生って成長期じゃないの?
早乙女 結月
早乙女 結月
ていうかさ!
夜ご飯も好き嫌いしないで食べなよ!
朝、いつものように部屋に突撃してきた早乙女さんに引きずられ、リビングへ連れて行かれる。
それからトーストを一枚渡されるのも、すっかりお決まりの流れになっていた。
この家に来てから、もう数日。
朝は早乙女さんが焼いてくれるパンを食べて、昼は購買。
夜は、早乙女さんが部屋まで持ってきてくれるご飯の中から、食べられるものだけを選んで食べる──そんな日々が続いていた。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……よく考えてみたら俺、
ひな鳥みたいなことされてる……?)
早乙女 結月
早乙女 結月
ねぇー! 聞いてる?
今日のおかず、全部きゅうりの浅漬けにするよ!?
テーブルをとん、と叩かれて前を向く。
ばっちりメイクをした彼女は、怒っていても相変わらず可愛い顔をしている。
……“彼女”って言っていいのかは微妙だけど。
この、どう見たって女子大生な早乙女さんは、厳密には女性じゃない。
だから、空が言っていた「このシェアハウスには男しかいない」は、嘘じゃなかった。
柏木 陽太
柏木 陽太
……全部きゅうりの浅漬けにされたら、
丸々残すだけですけど
早乙女 結月
早乙女 結月
はぁ!?
そんなにきゅうり嫌いなの?
柏木 陽太
柏木 陽太
はい
早乙女 結月
早乙女 結月
なんで!? あんなに美味しくて、
ダイエットにも最適なのに!
柏木 陽太
柏木 陽太
栄養ほぼゼロの水分のかたまりですよ
だったら水飲んでた方が得です
早乙女 結月
早乙女 結月
固形物食べたい時だってあるでしょ
柏木 陽太
柏木 陽太
氷でも食べてください
早乙女 結月
早乙女 結月
味しないもん!
柏木 陽太
柏木 陽太
あんなまずいもの食べるくらいなら氷でいいです
早乙女 結月
早乙女 結月
きゅうりはまずくないって!
草場 宗助
草場 宗助
朝からうるさい
座りながら足をじたばたさせている早乙女さんと話していると、後ろから珍しい声がした。
振り返ると、宗助さんが立っていた。
朝に見かけるのは初めてだ。その驚きは、どうやら俺だけじゃないらしい。
早乙女 結月
早乙女 結月
おはよう宗助さん! 珍しいね?
草場 宗助
草場 宗助
まぁな。たまには朝日を浴びて
光合成しろって言われたんでね
早乙女 結月
早乙女 結月
あぁ、空くんに?
宗助さんはゆっくりとテーブルにつく。
そのタイミングを見計らったように、キッチンからマグカップを手に持った空が出てきた。
唯一、宗助さんが来るとわかっていたらしい。
柏木 空
柏木 空
朝日浴びてって言いましたけど、
徹夜しろとは言ってないんですよ
宗助さんの前に置かれたマグカップの中身は、白かった。
コーヒーかと思ったが、匂い的にホットミルクだろうか。
早乙女 結月
早乙女 結月
え! オールってこと!? 若~!
草場 宗助
草場 宗助
俺が早起きなんてできるわけないだろ
柏木 空
柏木 空
自信満々に言わないでください!
マグカップの隣に、空が小さな皿を置く。
そこには、きゅうりの入ったサンドイッチが二切れ。
思わず鼻を押さえた俺の動きと、宗助さんの動きがシンクロした。
柏木 空
柏木 空
どうせ何も食べずに仕事してたんでしょう?
せめてこれくらいは食べてください
草場 宗助
草場 宗助
…………
柏木 空
柏木 空
こら! 無言でお皿退けない!
早乙女 結月
早乙女 結月
宗助さんも好き嫌い駄目だよ~
草場 宗助
草場 宗助
……やる
柏木 陽太
柏木 陽太
結構です
眉間にしわを寄せた宗助さんが皿をこちらに押しやる。
反射的に首を横に振った。
匂いだけでも嫌なんだから、近づけないでほしい。
逃げるようにしてトーストをかじって、リビングを出た。
背後では、相変わらず賑やかな声が響いている。
柏木 陽太
柏木 陽太
(無視されてるわけじゃないけど……居心地が悪い)
俺がいないものとして扱われているわけじゃない。
むしろ、早乙女さんなんて、話しかけすぎなくらい関わってくる。
それでも落ち着かないのは、たぶん空のせいだ。
柏木 陽太
柏木 陽太
(他の二人と話すときと、俺に話すときの顔、違いすぎだろ
俺に向ける表情だけ、どこかぎこちなくて、目も合わない。
あの和やかな空気の中に自分だけ入れない感覚が、地味に堪える。

疎外感をごまかすように、またひとつ、ため息をついた。






祖母
ちゃんとご飯食べてる?
その少し掠れた声に、思わず動きが止まった。
学校からさほど遠くない場所にある大きな病院。
じいちゃんを看取ったこともあるこの病院の病室で、ばあちゃんは朗らかな笑みを浮かべていた。
柏木 陽太
柏木 陽太
うん、食べてるよ
祖母
陽ちゃんはね、好き嫌いが多いから
柏木 陽太
柏木 陽太
そうかな。昔よりは食べてるよ
祖母
ちくわに間違えてきゅうり入れちゃって、
慌てて抜いたのに陽ちゃんにはすぐバレちゃったのよね
柏木 陽太
柏木 陽太
……またその話?
思わず笑う。
それは、俺がばあちゃんたちに引き取られてすぐのころの話だ。
お昼に出されたちくわがきゅうりくさくて、残したらばあちゃんに驚かれた。
「嫌いなものはすーぐわかっちまうんだよなぁ」と、じいちゃんは豪快に笑ってたっけ。
祖母
ふふ、でも、陽ちゃんに残さず
食べてもらえた時は嬉しかったわぁ
柏木 陽太
柏木 陽太
いっぱい面倒かけたよね、
ありがとね、いつも
祖母
いいのよ、子供はいくつになっても
手がかかるものなんだから
柏木 陽太
柏木 陽太
……またそういうこと言う
祖母
空ちゃんと、ちゃんと仲良くしてる?
柏木 陽太
柏木 陽太
……うん
思わず嘘をついてしまった。
空とはまともに話すこともないし、目が合うこともない。
だけど、ばあちゃんには心配をかけたくない。
入院してるばあちゃんの心に、余計な不安を増やしたくなかった。
柏木 陽太
柏木 陽太
じゃあ、俺そろそろ帰るね
祖母
ありがとねぇ
柏木 陽太
柏木 陽太
うん。また来るね
祖母
陽ちゃん
荷物をまとめて病室を出ようとした俺を、ばあちゃんが呼ぶ。
祖母
ご飯は食べてる?
柏木 陽太
柏木 陽太
……うん、食べてるよ


──この会話、今日だけで四回目だ。


笑顔で手を振って、病室から出る。

声も、表情も、まだしっかりしている。
俺の名前だって、ちゃんと覚えてる。
だけど、それでも──もう、前のばあちゃんとは少し違ってきているのが分かる。
入院したときから、薄々感じていたことだ。
柏木 陽太
柏木 陽太
(ばあちゃんと、ちゃんと話せるのは、
あとどれくらいなんだろう)
次に会ったとき、また俺の名前を呼んでくれる保証なんて、どこにもない。
もしかしたら、「あなたは誰?」って言われる日も、そう遠くないのかもしれない。
柏木 陽太
柏木 陽太
(……もう一回、ばあちゃんのご飯食べたいなぁ)
なんて思いながら歩いていたら、すぐ家に着いた。
やわらかな明かりを灯す一軒家からは、外まで聞こえるくらい賑やかな声がする。
ここが今の、俺の家。
帰る場所は此処しかない。
だけど今日帰りたいのは此処じゃなかった。
柏木 陽太
柏木 陽太
(俺が帰るの遅くなった日、ばあちゃん
ずっと玄関で待っててくれたことあったな)
視界がぼやけそうになるのを堪えながら玄関を開ける。
柏木 空
柏木 空
あ、お、おかえり
そこにいたのは、ばあちゃんじゃない。空だった。
柏木 空
柏木 空
……なんかあった?
いつもは合わない空の視線が、まっすぐこちらに向けられている。
俺は何も言わず、その横をすり抜けて自分の部屋に飛び込んだ。

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