朝、いつものように部屋に突撃してきた早乙女さんに引きずられ、リビングへ連れて行かれる。
それからトーストを一枚渡されるのも、すっかりお決まりの流れになっていた。
この家に来てから、もう数日。
朝は早乙女さんが焼いてくれるパンを食べて、昼は購買。
夜は、早乙女さんが部屋まで持ってきてくれるご飯の中から、食べられるものだけを選んで食べる──そんな日々が続いていた。
テーブルをとん、と叩かれて前を向く。
ばっちりメイクをした彼女は、怒っていても相変わらず可愛い顔をしている。
……“彼女”って言っていいのかは微妙だけど。
この、どう見たって女子大生な早乙女さんは、厳密には女性じゃない。
だから、空が言っていた「このシェアハウスには男しかいない」は、嘘じゃなかった。
座りながら足をじたばたさせている早乙女さんと話していると、後ろから珍しい声がした。
振り返ると、宗助さんが立っていた。
朝に見かけるのは初めてだ。その驚きは、どうやら俺だけじゃないらしい。
宗助さんはゆっくりとテーブルにつく。
そのタイミングを見計らったように、キッチンからマグカップを手に持った空が出てきた。
唯一、宗助さんが来るとわかっていたらしい。
宗助さんの前に置かれたマグカップの中身は、白かった。
コーヒーかと思ったが、匂い的にホットミルクだろうか。
マグカップの隣に、空が小さな皿を置く。
そこには、きゅうりの入ったサンドイッチが二切れ。
思わず鼻を押さえた俺の動きと、宗助さんの動きがシンクロした。
眉間にしわを寄せた宗助さんが皿をこちらに押しやる。
反射的に首を横に振った。
匂いだけでも嫌なんだから、近づけないでほしい。
逃げるようにしてトーストをかじって、リビングを出た。
背後では、相変わらず賑やかな声が響いている。
俺がいないものとして扱われているわけじゃない。
むしろ、早乙女さんなんて、話しかけすぎなくらい関わってくる。
それでも落ち着かないのは、たぶん空のせいだ。
俺に向ける表情だけ、どこかぎこちなくて、目も合わない。
あの和やかな空気の中に自分だけ入れない感覚が、地味に堪える。
疎外感をごまかすように、またひとつ、ため息をついた。
その少し掠れた声に、思わず動きが止まった。
学校からさほど遠くない場所にある大きな病院。
じいちゃんを看取ったこともあるこの病院の病室で、ばあちゃんは朗らかな笑みを浮かべていた。
思わず笑う。
それは、俺がばあちゃんたちに引き取られてすぐのころの話だ。
お昼に出されたちくわがきゅうりくさくて、残したらばあちゃんに驚かれた。
「嫌いなものはすーぐわかっちまうんだよなぁ」と、じいちゃんは豪快に笑ってたっけ。
思わず嘘をついてしまった。
空とはまともに話すこともないし、目が合うこともない。
だけど、ばあちゃんには心配をかけたくない。
入院してるばあちゃんの心に、余計な不安を増やしたくなかった。
荷物をまとめて病室を出ようとした俺を、ばあちゃんが呼ぶ。
──この会話、今日だけで四回目だ。
笑顔で手を振って、病室から出る。
声も、表情も、まだしっかりしている。
俺の名前だって、ちゃんと覚えてる。
だけど、それでも──もう、前のばあちゃんとは少し違ってきているのが分かる。
入院したときから、薄々感じていたことだ。
次に会ったとき、また俺の名前を呼んでくれる保証なんて、どこにもない。
もしかしたら、「あなたは誰?」って言われる日も、そう遠くないのかもしれない。
なんて思いながら歩いていたら、すぐ家に着いた。
やわらかな明かりを灯す一軒家からは、外まで聞こえるくらい賑やかな声がする。
ここが今の、俺の家。
帰る場所は此処しかない。
だけど今日帰りたいのは此処じゃなかった。
視界がぼやけそうになるのを堪えながら玄関を開ける。
そこにいたのは、ばあちゃんじゃない。空だった。
いつもは合わない空の視線が、まっすぐこちらに向けられている。
俺は何も言わず、その横をすり抜けて自分の部屋に飛び込んだ。
















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。