第7話

第七話
352
2026/06/02 09:00 更新
早乙女 結月
早乙女 結月
陽太くんと住むことしか考えてなかったよ
早乙女さんが嘘をつくような人だとは思わない。
けれど、その言葉をそのまま信じるには、引っかかるものが多すぎた。
柏木 陽太
柏木 陽太
(なんで一緒にばあちゃんたちに引き取られなかった?
なんで十年間も会いに来なかった?
なんで連絡も、手紙も、一度もなかったんだ?)
それに、一緒に住んでからも、空と目が合ったことなんて一度もない。
いつも視線は泳いでいて、俺を避けてばかり。
そのくせ、早乙女さんや宗助さんとは普通に笑って話してる。
そんな人が「俺と一緒に住むしか考えてなかった」なんて──到底信じられない。




大きなパフェをぺろりと平らげた早乙女さんと一緒に、空に頼まれた食材を買って帰路につく。
その間も早乙女さんはずっと話していたが、俺は生返事しか出来なかった。
ずっと、空のことを考えていた。
柏木 陽太
柏木 陽太
(何考えてるか分かんない。
何を思って俺と接してるのか分かんない。
だって、どう考えても気まずそうじゃん。
俺と一緒に暮らしたいなんてみじんも思ってなさそうじゃん)
柏木 陽太
柏木 陽太
(ばあちゃんが倒れて入院するから
仕方なく引き取った、みたいな
タイミングだったし)
空がシェアハウスの管理人をしているなんて、引き取られる時に初めて知った。
ばあちゃんが入院することになった時、ばあちゃん経由でそう聞かされただけだ。
「これからそこに住むんだよ」と言われたのも、空じゃなくてばあちゃんからだった。
……迎えにだって、来なかったくせに。
柏木 陽太
柏木 陽太
(考えれば考えるほど、空のことわかんないや)
なんて考えていると、すぐに家についてしまう。
家の前に立った早乙女さんは、ゆっくりと音を立てないように扉を開けていた。
いつもは豪快に開けているのに。
柏木 陽太
柏木 陽太
なんか、怒られるようなことでもしたんですか?
早乙女 結月
早乙女 結月
しっ! お客様がまだいたら失礼でしょ
柏木 陽太
柏木 陽太
あぁ……なるほど
確かに、まだあの病院の人がいる可能性もある。
早乙女さんは、ゆっくりと足音を立てずにリビングへと向かって行った。
そんなに気配を消す必要あるのかな、なんて思いつつ、俺も早乙女さんに倣って同じようにリビングへと近づいた。
扉を隔てた先、リビングからは、話し声が聞こえてきた。
柏木 陽太
柏木 陽太
(誰か話してる……まだいるんだ)
買ってきたものの中には、冷蔵庫に早く入れたほうがいいものもある。
……どうすればいいんだろう。そう思って早乙女さんを見ると、彼女は人差し指を口元に当てて、静かに──という合図を送ってきた。
そして、そっとリビングの方を指さす。
少しだけ開いた扉から覗いてみると、そこにいたのは空と宗助さんだった。
柏木 空
柏木 空
僕には、兄の資格がないんです
ひどく落ち込んだように、空はそう言った。
柏木 空
柏木 空
陽太を傷つけてばかりだ。何もしてやれない
草場 宗助
草場 宗助
ならどうするんだ? 距離を取るのか?
草場 宗助
草場 宗助
高校生なら一人暮らしをする奴もいるだろう。
それに、確か彼の高校には寮もあったはずだ
柏木 陽太
柏木 陽太
(……やっぱり、嘘だったんだ)
早乙女さんがさっき言ってたことは嘘だったんだ。
「俺と一緒に住むしか考えてなかった」なんて。
あれは、俺を慰めるための嘘だったんだ。
宗助さんの提案に、驚きはしなかった。むしろ、そうだよなという妙な納得感があった。
悲しくない訳じゃない。でも、それでも。
柏木 陽太
柏木 陽太
(その方が良いのかもしれない……)
諦めにも似た感情を抱いたその時。
柏木 空
柏木 空
それは嫌です!
聞いたこともない空の大きな声が、リビングに響いた。
柏木 空
柏木 空
やっと一緒に住めるようになったんです。
ずっと……ずっと願ってた。
だからもう、手放すなんて出来ません!
草場 宗助
草場 宗助
兄の資格がないって悩んでるんだろ?
ならいっそのこと手放したほうが
楽になると思うけどな
柏木 空
柏木 空
……資格はないと思います。
陽太が言ってることは正しい。
今さら兄だなんて思ってもらえないかもしれない。
でも、これだけは譲れないんです
柏木 空
柏木 空
十年間、ずっと一緒に住むことだけを目標にしてきた
草場 宗助
草場 宗助
おばあさんのことだって、あいつに任せれば、
お前には自分のために使える時間が生まれる
草場 宗助
草場 宗助
その時間で──夢だった自分の店を持つことだってできるだろ
柏木 陽太
柏木 陽太
(自分の店……?)
二人のやり取りに、俺は目も耳も奪われていた。
草場 宗助
草場 宗助
店の人に言われてるんだろ? 自分の店を持てって
草場 宗助
草場 宗助
お前だって、本当はそれを望んでるんじゃないのか。
そのために、ずっと努力してきたんだろ。
お前の料理は、ちゃんと人を笑顔にできる
草場 宗助
草場 宗助
現に、俺だってお前の料理なら
食べられる。むしろ好きだ
柏木 空
柏木 空
宗助さんは食べなさすぎですけど……
草場 宗助
草場 宗助
俺はこの自分の好き嫌いを今さら
直そうなんて思わない。困ってないからな
草場 宗助
草場 宗助
でも、お前の料理は別だ。
いつも楽しみにしてる。
今の店の客もそうだろ
柏木 空
柏木 空
……でも、自分の店を持ったら、
陽太と向き合う時間はさらに無くなる
草場 宗助
草場 宗助
向き合えてないじゃないか、今も
柏木 空
柏木 空
だからこそ、今自分の店を出すわけにはいかないんです
柏木 空
柏木 空
陽太と向き合うために、
陽太とまた一緒に暮らすためにお金を貯めてきたんです
柏木 空
柏木 空
最初は、住み込みで働けるからって理由で
始めたバイトでした。でも、そこで和食の良さや、
料理をすることの楽しさをしって……気づいたら、
店を持ちたいっていう夢もでできた。それでも今は──


柏木 空
柏木 空
その夢を諦めてでも、
僕は陽太と一緒にいたいんです


強く言い切った空は、普段のへらりとした笑みは浮かべていなかった。
兄の資格がないなんて弱々しくこぼしていた時の声でもない。
まっすぐで、迷いのない声だった。
柏木 空
柏木 空
陽太がもう寂しい思いをしなくて済むように……
あの子が帰る“家”を作るのが僕の役目だと、
そう思っています
草場 宗助
草場 宗助
自己満足でもか?
柏木 空
柏木 空
そうかもしれません。
だから、陽太に言うつもりはない。
僕のエゴだって、分かってるから
柏木 陽太
柏木 陽太
(……兄の資格がないって言ってみたり、
エゴを話したり、ほんとに分かんないやつ)
頭の中がぐしゃぐしゃになって、これ以上何も聞きたくなくて、俺は持っていたものを早乙女さんに押し付ける。
早乙女 結月
早乙女 結月
陽太く……
早乙女さんが呼ぶ声を無視して、俺は再び家を飛び出した。

プリ小説オーディオドラマ