第6話

第六話
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2026/05/26 09:00 更新
家から逃げるように走って、しばらくしたところで足を止める。
商店街に続く道は人通りも多く賑やかなのに、ひとりぼっちの気分になる。
俺の横を通り過ぎていく人はたくさんいるのに、たくさんの音が鳴っているはずなのに。
通り過ぎていく人の姿も、音も、全部遠くなる。
景色から色が、ゆっくりと消えていく。

あの時と同じだ──大切な人がいなくなる時、世界はこんなふうに静まり返る。
両親が死んで、兄がいなくなったあの時と、まったく同じ。
柏木 陽太
柏木 陽太
(このまま……また、一人になるのかな)
体の力が抜けて、その場に立っているのもつらくなったその時。
ふと、甘い香りが鼻をくすぐった。
早乙女 結月
早乙女 結月
あ、いた! 陽太くん!
聞きなれた声だ。
予想は的中して、そこにはクレープを片手に早乙女さんが立っていた。
早乙女 結月
早乙女 結月
もー! 空くんから連絡来たから待ってたのに!
全然来ないんだから!
早乙女 結月
早乙女 結月
待ちくたびれすぎてクレープ食べちゃったよ!
柏木 陽太
柏木 陽太
早乙女さん……
早乙女 結月
早乙女 結月
全く、レディを待たせるなんてことは
今後しちゃいけないからね
すでにほとんど食べ終えていたクレープを口に放りこんだ早乙女さんは、そのまま俺の傍まで来て、軽く背中を押した。
その瞬間、静まり返っていた世界に、ざわめきが戻ってきた。
気付くと、俺の周りには喧騒が戻っていた。
早乙女 結月
早乙女 結月
今日の夕飯は筑前煮だって!
あたし、空くんの筑前煮好きなんだよね~!
早乙女 結月
早乙女 結月
あ、でも空くんが作る料理は全部好き!
早乙女 結月
早乙女 結月
最初に食べたとき料亭のご飯かと思ったもん!
料亭行ったことないけど
早乙女 結月
早乙女 結月
今日の買い出しは明日の夕飯用にね~、
魚買ってきてほしいんだって!
止まることのない早乙女さんの話を聞きながら、商店街の方へと歩いていく。
さっき、空が早乙女さんの買い出しの手伝いをしてほしいと言ったのは嘘ではなかったらしい。てっきり、その場から遠ざけるための口実だと思っていたのに。
柏木 陽太
柏木 陽太
(ばあちゃんのこと教えてもらえないなら、口実と一緒か)
早乙女 結月
早乙女 結月
陽太くんもさ、夜ご飯一緒に食べようよ
柏木 陽太
柏木 陽太
俺がいたら、邪魔でしょう
早乙女 結月
早乙女 結月
邪魔ぁ? そんなことないよ、
陽太くんと一緒に食べたいけどなぁ
柏木 陽太
柏木 陽太
あいつは、……俺がいたら邪魔だって思うから
早乙女 結月
早乙女 結月
あいつって、空くん?
柏木 陽太
柏木 陽太
……
空は早乙女さんや宗助さんには笑みを浮かべて楽しそうに話す。
だけど、俺がいたら一瞬でその空気が崩れる。
その笑顔も、声も、全部ぎこちなくなる。
俺が邪魔だってことくらい、どんなに鈍くても気づく。
柏木 陽太
柏木 陽太
……?
俺の背中を押していた力が、ふっと消える。
振り返ってみると、早乙女さんの足が止まっていた。
喫茶店の前でじっと何かを見つめている。
その視線の先には──巨大な『ジャンボパフェ』の食品サンプル。
早乙女 結月
早乙女 結月
これ食べよう!




落ち着いたジャズが流れる店内で、早乙女さんは運ばれてきたジャンボパフェに目を輝かせていた。

早乙女 結月
早乙女 結月
すごい! みて、陽太くん!
あたしのスマホの二倍ある!
柏木 陽太
柏木 陽太
さっきクレープ食べてたのに……
早乙女 結月
早乙女 結月
ん~~おいしい!
はい、陽太くん!
一口食べた早乙女さんが、同じスプーンでクリームをすくってこちらに差し出してくる。
甘ったるいに匂いに思わず顔を顰め、首を横に振った。
それに、なんとなく早乙女さんと同じスプーンを使うことに罪悪感があった。
早乙女 結月
早乙女 結月
もしかして間接キスを気にしてる?
柏木 陽太
柏木 陽太
…………
早乙女 結月
早乙女 結月
あははっ、顔に出やすいねぇ
柏木 陽太
柏木 陽太
仕方ないでしょ、早乙女さん、女の子なんだから
早乙女 結月
早乙女 結月
女の子じゃないって分かってるくせに
柏木 陽太
柏木 陽太
でも傍から見たらそうだし、
俺だって気を抜くと忘れちゃいますよ
早乙女 結月
早乙女 結月
なぁに、可愛いってこと?
柏木 陽太
柏木 陽太
……まぁ、
早乙女 結月
早乙女 結月
嬉しいなぁ。えへへ、やっぱりさ、
陽太くんって空くんと似てるよね
柏木 陽太
柏木 陽太
嬉しくない言葉だってわかって言ってますよね
早乙女 結月
早乙女 結月
うん。嫌がるだろうなって思った
早乙女 結月
早乙女 結月
でもさ、あたしのことを知っても
女の子扱いしてくれるの、
空くんと陽太くんだけだよ
早乙女 結月
早乙女 結月
あ、宗助さんも最近はそうだけど
柏木 陽太
柏木 陽太
そうなんですか
早乙女 結月
早乙女 結月
うん。あたしね、
親に縁切られてるの
まるで天気の話でもするみたいに、あっけらかんと言った。
目の前のパフェをぱくぱくと口に運んでいく早乙女さんの視線は、パフェに向けられたまま。
早乙女 結月
早乙女 結月
理解してもらえなくてさぁ。
いっぱい喧嘩して、家に居場所がなくなって、
どうしよ~~ってなってた時に出会ったのが空くんだったの
早乙女 結月
早乙女 結月
最初っからすごく優しくてさ、惚れちゃうかと思ったよ
柏木 陽太
柏木 陽太
惚れはしなかったんですね
早乙女 結月
早乙女 結月
まぁそれは置いといて
早乙女 結月
早乙女 結月
空くんもさ、最初あたしのこと
勘違いしてたみたいで。
陽太くんみたいな感じだったよ
早乙女 結月
早乙女 結月
でもあたしが本当は男って分かってからも、
そのまま受け入れてくれたんだよね
柏木 陽太
柏木 陽太
……そうだったんですね
早乙女 結月
早乙女 結月
自分が生きたいように生きるって、
本当に難しいことなんだって知ってる。
腐っちゃいそうになったし、
認めてもらえないことに憤りも感じてた
早乙女 結月
早乙女 結月
でもさ、空くんを見てると考え直しちゃうんだよね
柏木 陽太
柏木 陽太
え?
早乙女 結月
早乙女 結月
あたしから見たら、
空くんも生きたいように生きれてないと思うの
柏木 陽太
柏木 陽太
……空が?
早乙女 結月
早乙女 結月
うん。でも、生きたいようには生きれてなくても、
本当に大切なものだけは見失ってない
早乙女さんの話は、正直難しいと思った。
生きたいように生きられない。自分がやりたいことを認められず否定される、ありのままで生きていくことに壁が立ちはだかる人生を、早乙女さんは送っているのだということは分かる。
でも、空が分からない。
空も、早乙女さんと同じように壁を感じているのだろうか。
……何に?
それに──……
柏木 陽太
柏木 陽太
(空の大切なものって、なんだ?)
俺の考えていることを見透かしているのか、やわらかく笑った早乙女さんは、生クリームをすくったスプーンをもう一度差し出してくる。
早乙女 結月
早乙女 結月
陽太くんのことだよ
反射的に受け入れた瞬間、甘ったるい味が口いっぱいに広がった。
その甘さが、ぼんやりしていた頭を一気に覚まさせる。
早乙女 結月
早乙女 結月
空くんはね、あたしと出会った時から……
それこそあの家をシェアハウスとしてリフォームした時から


早乙女 結月
早乙女 結月
陽太くんと住むことしか考えてなかったよ


その言葉の意味が頭に入ってくるまで、たっぷりと時間がかかる。
食べなれない、甘すぎる生クリームのせいかもしれない。

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