快晴の空が広がる下で、俺は表情がなくなっていることを自覚していた。
体育祭日和だ、なんて良く言えたもんだ。こんな暑い中で運動したら、具合悪くなるだけなのに。
一組目、二組目、と200m走の列が順番に動いていく。
俺はこんなのに出たくなかった。出るなんて言った記憶もない。
じゃあなぜここにいるのか。
理由は至極簡単。
足を踏まれて騒いでいる、こいつが勝手に俺を立候補者に仕立て上げたから。
あぁ、ついに来てしまう俺の番が。
喚いているヤツの足から自分の足をどかして、しぶしぶ前に進む。
死ぬほど帰りたい。
いっそこのまま、ゴールではなく家に向かって走ってやろうか。
どの声援よりも大きな声が聞こえて、思わずそちらを向く。
同じく振り向いた友人が、驚いたような声をあげた。
……まぁ、無理もないだろう。
そこにいたのは、俺の応援をしに来てくれた早乙女さんたちだった。
日焼け対策ばっちりな格好でメガホン片手に叫ぶ早乙女さん。
その横でカメラを構える空。
そして、早乙女さんの物らしき日傘を、まるで自分のモノの様に使っている宗助さんの姿。
早乙女さんに一瞬で落ちたらしい友人を無視して、迫って来た自分の順番に備える。
スタート位置に立つと、わちゃわちゃしていた早乙女さんたちの視線が、再びこちらに集まった。
早乙女さんの声援を聞きながら、スターターの声に意識を向ける。
ピストルの乾いた音を合図に、始まった200m走。
本音を言えば走りたくなかったし、今すぐに帰りたい。だけど、
じいちゃんとばあちゃんも、いつも応援してくれてたと思う。
けど、大声を出すタイプじゃないから、俺の耳には届かなかった。
でも今日は違う。
早乙女さんの明るい声も、空が名前を呼ぶ声も、ちゃんと耳に届いてくる。
自分に向けられた声援が、こんなにはっきり聞こえるのは、初めてだった。
迎えたお昼の時間。校庭一面に広がるブルーシートの海の中に、今年も俺はいた。
見事200m走で最下位を取った俺に対して、早乙女さんのアドバイスが止まらない。
こちらに文句を言いながらも、弁当のおかずをつついてテンションを上げている早乙女さんは、本当に器用だと思う。
その賑やかさにすっかり慣れているのか、宗助さんは何も反応を示さず、黙々と自分の皿に取り分けられた野菜を空の皿へと移している。
宗助さんの真似をして、俺もパプリカを空の皿に乗せた瞬間、ばっちりと目が合った。
勢いよく口に突っ込まれる。反射で噛んでしまい、吐き出そうとしたその時。
咀嚼してみても、思っていたような苦みもえぐみもない。
まるで「にひひ」と声を立てて笑い出しそうな顔で、早乙女さんがこちらに満足そうな笑みを向けてくる。
その横では、宗助さんに食べさせようと奮闘している空の姿。
頑なに食べようとしない宗助さんに四苦八苦している様子を見て、再び早乙女さんを見る。
早乙女さんは、さっき俺の口に突っ込んできたパプリカを、もうひとつ俺の皿に乗せた。
どんな料理なのかは正直分からない。
見た目はしっかりパプリカなのに、口に入れるとふわっと優しい味が広がって、後味も驚くほどすっきりしていた。
気付けばそう言っていて、皿に乗せられた料理を片っ端から口に運んでいた。
おにぎり、からあげ、卵焼き。
ゆっくりと噛みしめていると、視界の端に見慣れた姿が映った。
空に許可を得てから、靴を履いて歩きだす。
自販機の前で水を買っていた友人の肩を、軽く叩いた。
どこか嬉しそうな顔の友人と一緒に戻ると、空と早乙女さんが宗助さんに野菜を食べさせようとまだ奮闘していた。
俺に気付いた空が笑顔を向けてくる。
弁当を見て目を輝かせる友人に、はっきりと伝える。
視線が痛いくらい刺さるのを自覚しながらも、俺はもう一度口を開いた。
背中を強く叩く早乙女さんの手も、宗助さんのあたたかな視線も、今は気にならない。
撤回するつもりなんて、これっぽっちもなかった。
だって、本当にそう、思ったから。
















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。