第9話

第九話
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2026/06/16 09:00 更新
アナウンス
『200m走に出場する生徒は、A門へと集まって下さい』
快晴の空が広がる下で、俺は表情がなくなっていることを自覚していた。
体育祭日和だ、なんて良く言えたもんだ。こんな暑い中で運動したら、具合悪くなるだけなのに。
クラスメイト男子1
柏木、柏木。
気付いてないかもしれないけど、俺の足踏んでる
柏木 陽太
柏木 陽太
そうだね
クラスメイト男子1
もしかして気付いてる?
確信犯だったりする?
柏木 陽太
柏木 陽太
そうだね
クラスメイト男子1
アッ、これは知ってるッ!
怒ってる人の対応だっ!
柏木 陽太
柏木 陽太
そうだね
一組目、二組目、と200m走の列が順番に動いていく。
俺はこんなのに出たくなかった。出るなんて言った記憶もない。
じゃあなぜここにいるのか。
理由は至極簡単。

足を踏まれて騒いでいる、こいつが勝手に俺を立候補者に仕立て上げたから。
柏木 陽太
柏木 陽太
俺、パン食い競争が良かった
クラスメイト男子1
でもあんパン食えねぇじゃ──いってぇ!!
指! 足の指!! アッ、いってるかも骨ッ!
柏木 陽太
柏木 陽太
帰りたい
あぁ、ついに来てしまう俺の番が。
喚いているヤツの足から自分の足をどかして、しぶしぶ前に進む。
死ぬほど帰りたい。
いっそこのまま、ゴールではなく家に向かって走ってやろうか。
早乙女 結月
早乙女 結月
陽太くーーーーーんッ!!!!
どの声援よりも大きな声が聞こえて、思わずそちらを向く。
同じく振り向いた友人が、驚いたような声をあげた。
……まぁ、無理もないだろう。

そこにいたのは、俺の応援をしに来てくれた早乙女さんたちだった。

日焼け対策ばっちりな格好でメガホン片手に叫ぶ早乙女さん。
その横でカメラを構える空。
そして、早乙女さんの物らしき日傘を、まるで自分のモノの様に使っている宗助さんの姿。
早乙女 結月
早乙女 結月
頑張れ陽太くん!! 負けるな~~ッ!!
草場 宗助
草場 宗助
ゴール付近の方が日陰多くないか?
早乙女 結月
早乙女 結月
ここの方が見えるでしょ!
てか! 日傘! あたしにさしてよ!
草場 宗助
草場 宗助
動くだろお前。腕が疲れる
早乙女 結月
早乙女 結月
日焼けはお肌の敵なの!
宗助さんにはこのサングラスあげるから!
草場 宗助
草場 宗助
…………
柏木 空
柏木 空
陽太~!
柏木 陽太
柏木 陽太
…………
クラスメイト男子1
柏木んとこ愉快すぎるだろ
クラスメイト男子1
あれ父ちゃん? カメラ構えてんの。若くね?
柏木 陽太
柏木 陽太
いや。兄貴
クラスメイト男子1
あぁ。じゃああの、
サングラスかけたSPみたいになってる人が父ちゃん?
柏木 陽太
柏木 陽太
いや、……なんだろ、
あの人は……同居人?
クラスメイト男子1
同居人……?????
クラスメイト男子1
じゃああのかわいい子は? 姉ちゃん?
柏木 陽太
柏木 陽太
…………同居人
クラスメイト男子1
柏木、俺ともっと仲良くなろ。
今度、家に遊びに行ってもいい?
柏木 陽太
柏木 陽太
え。なに。早乙女さん、
多分彼氏募集してないよ
クラスメイト男子1
早乙女さんって言うんだ……
名前からして可憐だ……
早乙女さんに一瞬で落ちたらしい友人を無視して、迫って来た自分の順番に備える。
スタート位置に立つと、わちゃわちゃしていた早乙女さんたちの視線が、再びこちらに集まった。
早乙女 結月
早乙女 結月
陽太くん頑張れ! 負けるなー!
宗助さんみたいになるよ!
柏木 陽太
柏木 陽太
(それはそれで悪くなさそうだけど)
早乙女さんの声援を聞きながら、スターターの声に意識を向ける。
ピストルの乾いた音を合図に、始まった200m走。
本音を言えば走りたくなかったし、今すぐに帰りたい。だけど、
柏木 空
柏木 空
陽太! 頑張れ!
じいちゃんとばあちゃんも、いつも応援してくれてたと思う。
けど、大声を出すタイプじゃないから、俺の耳には届かなかった。
でも今日は違う。
早乙女さんの明るい声も、空が名前を呼ぶ声も、ちゃんと耳に届いてくる。
自分に向けられた声援が、こんなにはっきり聞こえるのは、初めてだった。
柏木 陽太
柏木 陽太
(なんか少し、嬉しいな)







早乙女 結月
早乙女 結月
もっと腕を大きく振るべきなんだよ! あと歩幅!
早乙女 結月
早乙女 結月
普段から動いてなさすぎなんじゃない!?
迎えたお昼の時間。校庭一面に広がるブルーシートの海の中に、今年も俺はいた。
見事200m走で最下位を取った俺に対して、早乙女さんのアドバイスが止まらない。
早乙女 結月
早乙女 結月
背中はこう伸ばして……って聞いてる!?
柏木 陽太
柏木 陽太
うん。これあげる
早乙女 結月
早乙女 結月
あっ! このレンコンのやつ、
あたし好きなんだよね~。
じゃなくて!
柏木 空
柏木 空
まぁまぁ、陽太も頑張って走ったんだし
早乙女 結月
早乙女 結月
空くんは陽太くんに甘すぎ!
でもこれ美味しい!
こちらに文句を言いながらも、弁当のおかずをつついてテンションを上げている早乙女さんは、本当に器用だと思う。
その賑やかさにすっかり慣れているのか、宗助さんは何も反応を示さず、黙々と自分の皿に取り分けられた野菜を空の皿へと移している。
宗助さんの真似をして、俺もパプリカを空の皿に乗せた瞬間、ばっちりと目が合った。
柏木 空
柏木 空
こら! 野菜も食べなさい!
柏木 陽太
柏木 陽太
いらない
柏木 空
柏木 空
いらないじゃない、お肉ばっかだと栄養偏るだろ!
柏木 陽太
柏木 陽太
宗助さんも避けてるよ
柏木 空
柏木 空
宗助さん!!
草場 宗助
草場 宗助
人を売るのは良くないぞ
早乙女 結月
早乙女 結月
玉ねぎくらい食べなよ
草場 宗助
草場 宗助
なんで球根なんか食わなきゃいけないんだ
早乙女 結月
早乙女 結月
思想つよ~
柏木 空
柏木 空
陽太もほら。
一口でいいから食べてみなって
早乙女 結月
早乙女 結月
ほら、あーん
柏木 陽太
柏木 陽太
ヴッ
勢いよく口に突っ込まれる。反射で噛んでしまい、吐き出そうとしたその時。
柏木 陽太
柏木 陽太
(あれ……? 思ったよりパプリカの味しない)
咀嚼してみても、思っていたような苦みもえぐみもない。
早乙女 結月
早乙女 結月
どう? 空くんの料理ってなんでも美味しいでしょ
まるで「にひひ」と声を立てて笑い出しそうな顔で、早乙女さんがこちらに満足そうな笑みを向けてくる。
その横では、宗助さんに食べさせようと奮闘している空の姿。
頑なに食べようとしない宗助さんに四苦八苦している様子を見て、再び早乙女さんを見る。
早乙女 結月
早乙女 結月
野菜嫌いな人たちのために、
日夜研究してるんだよ
柏木 陽太
柏木 陽太
料理って研究するもんなんだ
早乙女 結月
早乙女 結月
そりゃそうだよ。
味付けとかで色々変わってくるんだから
柏木 陽太
柏木 陽太
へぇ
早乙女 結月
早乙女 結月
ふふ、美味しかったでしょ
早乙女さんは、さっき俺の口に突っ込んできたパプリカを、もうひとつ俺の皿に乗せた。
どんな料理なのかは正直分からない。
見た目はしっかりパプリカなのに、口に入れるとふわっと優しい味が広がって、後味も驚くほどすっきりしていた。
柏木 陽太
柏木 陽太
うん、美味しい
気付けばそう言っていて、皿に乗せられた料理を片っ端から口に運んでいた。
おにぎり、からあげ、卵焼き。
ゆっくりと噛みしめていると、視界の端に見慣れた姿が映った。
柏木 陽太
柏木 陽太
ねぇ空。ここ、人増えてもいい?
柏木 空
柏木 空
うん? 良いよ。お友達?
柏木 陽太
柏木 陽太
うん
空に許可を得てから、靴を履いて歩きだす。
自販機の前で水を買っていた友人の肩を、軽く叩いた。
クラスメイト男子2
お? 柏木じゃん!
柏木 陽太
柏木 陽太
ご飯食べた?
クラスメイト男子2
これから買いに行くとこ!
柏木は? 弁当組だろ?
柏木 陽太
柏木 陽太
うん。ねぇ、良かったら
うちの弁当、一緒に食べない?
クラスメイト男子2
え……いいのか? 迷惑じゃない?
柏木 陽太
柏木 陽太
全然。ちょっとうるさいけど、それでも良ければ
どこか嬉しそうな顔の友人と一緒に戻ると、空と早乙女さんが宗助さんに野菜を食べさせようとまだ奮闘していた。
俺に気付いた空が笑顔を向けてくる。
柏木 空
柏木 空
こんにちは
クラスメイト男子2
こんにちは!
柏木のクラスメイトです!
柏木 陽太
柏木 陽太
こいつ、今日親来なくて、
弁当なし勢なの。一緒に良い?
柏木 空
柏木 空
もちろん!
どうぞ、ちょっと賑やかだけど
クラスメイト男子2
ははっ! それ柏木にも言われました!
うわ、うまそ
柏木 空
柏木 空
そっか……口に合うといいな
柏木 陽太
柏木 陽太
どれもうまいよ
弁当を見て目を輝かせる友人に、はっきりと伝える。
視線が痛いくらい刺さるのを自覚しながらも、俺はもう一度口を開いた。
柏木 陽太
柏木 陽太
俺の兄貴が作った料理。
どれもうまいから味わって食べて
背中を強く叩く早乙女さんの手も、宗助さんのあたたかな視線も、今は気にならない。
撤回するつもりなんて、これっぽっちもなかった。
だって、本当にそう、思ったから。

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