「うう、紗子さぁん!」
紗子とは、今回陣川が知り合った女性の名前である。例の一週間前の強盗殺人事件の男と結託して、警視庁に勤める陣川を騙して警察の情報を売るつもりだったらしい。
彼は例の如く、花の里で酔い潰れ泣き伏していた。
「まあまあ、怪我しなかった分だけよかったじゃないですか。杉下さんが空き巣犯がいるかもしれないのを懸念して伊丹さん達まで呼んでいてくれてたんですから」
「うう……どうしてやぁ……あんなモン、初っ端から怪しいっちゅうのわかってたようなもんやっちゅうのに……」
「怪しい依頼には乗らない方がいいですよ、陣川くん」
杉下が悟すのも聞こえぬようなのか、おんおんとやはりいつもどうり泣き続けている。
「……おっと。もうこんな時間ですか。神戸くん、陣川くんをお願いしますよ。幸子さん僕の分のお勘定を」
「えちょ杉下さん⁉︎どういうことですか?」
神戸が嫌気満載に尋ねるとそのままの意味ですよ、と杉下からドライな答えが返ってきた。
言い返そうとしたときには、上司の姿はなかった。舌打ちを精一杯堪えて陣川の方を見た。
「起きてください、陣川さん!もう帰りますよ!」
揺すってみたはいいものの、全くといっていいほど起きる気配はない。いつものように騒がれるのも困るのだが。
「はぁ……幸子さん、タクシー呼んでください。あ、お勘定」
「わかりました。大変ですねぇ、神戸さん。杉下さん、そういうの全部人に任せちゃうんだから」
「本当ですよ!」
神戸の悲痛な叫びは花の里中に響いたのであった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!