陣川をタクシーに乗せた時、肝心なことを知らなかったことを神戸は気づいた。
陣川の自宅を知らない。
「お客さん、で、どこへ行くんです?」
タクシーの運転手に急かされ、とりあえず神戸は自分の家の住所を告げた。
車内の振動が心地良い。思わず眠りそうだった。
というか、気がついたら自宅だったので、寝ていたに違いない。
運転手の声で起こされ、慌てて代金を払う。陣川はまだ夢の中の様だった。
仕方がないので、陣川を引きずり出した。
「これからどうしよっかな……」
声に出したはいいものの、もはや家にあげる以外の未来は見えないことに彼は今絶望に近い感情を抱いているのだった。
仕方なしに神戸は陣川をお姫様抱っこする形になってしまった。おんぶは面倒臭かった。
「あれ……意外と軽いな……」
部屋のベッドに彼を下ろしたときには、やっぱり腕は痛くなっていた。
ダブルベッドを買っておいてよかったと初めて思った。昔彼女がいたときに購入したのだが、その次の日に電話で別れられたので、実質神戸1人で毎日ダブルベッドで寝ることになっていた。
「俺もしかして……陣川さんのこと好きなのか……?」
いやいやいやいやそんなはずはない!!あの!陣川さんだぞ!いやでも……
今俺の目の前で眠ってる陣川さん、なんかちょっと、可愛い、のか?
そう思ったら抑えられなくなった、顔にかかっている前髪を手でのける、紅らんだ頬が露わになる。
彼は思わず、そこに、キスしてしまったのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!