キーンコーンカーンコーン……。
終わりのチャイムが鳴る。ううん、むしろ、始まりの音が。
私、西川梨子は、一年三組の教室で、チャイムの音と共に自分の席で頭を抱えた。
放課後を告げる音に歓喜しているクラスメイトに、恨めしい視線を送る。
うらやましい……。このまま家に帰れる人たち、みんな。
クラスメイトで友達の友理奈が、私の頭をペシッと軽く叩く。
痛くもないのにそこを擦りながら、私は情けない目を友理奈に移した。
友理奈の無慈悲な物言いに、再び頭を抱えようとポーズを取りかけると、ひとりの男子が私の机にぶつかった。
至近距離で謝られ、私はビクッと身を退いた。
縮こまってしまった私を見て、友理奈がため息をひとつ。
それを説明するには、二ヶ月前の四月に遡らなくてはならない。
桜の花びらが咲き誇る、四月上旬。
幼なじみの知宏と共に高校へ入学して、一週間。ある日の放課後。
私は……とても困っていた。
靴箱で上履きから外履きに履き替え、校舎を出る。
隣の知宏に、私は嫌々ながらに眉を寄せて、ため息をついた。
中学までずっとサッカー部だった知宏が、もちろん高校でもサッカー部へ行こうというのは当然のことだと思う。
人見知りで、まだまだクラスに馴染めていない私を気遣って、見学に誘ってくれた知宏の優しさにも感謝はしている。……だけど。
問題は、これ。
昔から男子を目の前にすると緊張で上手く喋れなくて、言葉に詰まってしまって。
成長するにつれ、ますます意識してしまうようになり、それはどんどん悪化していった。
練習に参加しなくても、女子はそもそも選手になれないんだから、見学者だって男子ばかりなんじゃないのかと思うんだけど。
そしたら、結局は男子の近くでサッカーを見なくてはいけないわけで。
生まれた時から近所に住んでいて、母親同士が親友。そんな環境下で育った私たちは、物心がついた頃からお互いが遊び相手だった。
そんな、性別も意識する前から一緒にいた知宏は、もはや別々に住んでいる兄妹みたいなもので、今さら異性ということで意識することはない。
人が困ってるのに。と、怪訝な表情を向けると、知宏は「あそこ」と、グラウンドを指差した。
歩きながら話していたら、いつの間にかサッカー部が練習しているグラウンドに到着していた。
予想していたのは、男子ばかりの練習風景に、入部希望の一年生男子たち。だけど、グラウンドのフェンスの向こう側で見学しているのは女子ばかりで。
なんだ、思ってたのと違う……。
男子しかいないと分かっていて、わざわざそこに飛び込んでいくなんて自殺行為でしかない。
「あっそ」と、人知れず肩を落としてため息をつく知宏の声は、女子の黄色い歓声にかき消された。
その声に反射的に視線を向けると、グラウンドではひとりの男子がドリブルをしながら、次々と敵チームのメンバーをスルスルと追い抜いていくところだった。
まるでボールが体の一部にでもなっているかのように、立ちはだかる障害をものともしない。
それは、サッカーをよく知らない私ですら、凄さが分かるくらいで……。
──瞬間、目を奪われた。
周りの音が、消えたような気がした。
綺麗な茶色に染まった髪が、風に揺れている。
最後にシュートを決めた真剣な横顔が正面に変わって、嬉しそうに口を開けて笑う。
他に何も見えない。何も聞こえない。
景色が、スローモーションになる。
初めての感覚に、その場から動くことが出来ない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。