第12話

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2021/08/20 04:31
優しく包み込む声音に吸い寄せられるように私を呼んだ人物を見ると、メガネ越しに相手と視線があった。







マスター「消えたいと思うなら、消えたくない理由をつくればいい」




あなた「理由?」





マスター「そう」





丸メガネのおじさん____マスターが目尻に皺を寄せ、にっこりと微笑んで私の名前にカップを置いてくれた。










マスター「例えば、珈琲を飲みたい……とかね」




カップの中に入った脳褐色の液体から、ゆらりと湯気が立ち上がる。ほんのりと焦げたような、ほろ苦い匂いがした。




あなた「え、あの、これ」





マスター「どうぞ」





あなた「……いただきます」





鼻を少し近づけて香りをいっぱいに吸い込むと肩の力が抜けていく。こんなふうに意識して珈琲の匂いを嗅いだのは久しぶりだ。




すぐ傍に白いミルクポットとガラス瓶に入った角砂糖が置かれる。ミルクポットに触れると、人肌くらいに温められていた。甘い珈琲は苦手。だから角砂糖は入れずにミルクをほんの少しだけ垂らす。

















私は珈琲に口をつけた






あなた「……美味しい」



マスター「これじゃあ理由になんてならないかな?」






そんなことはない、と私は首を振った。




珈琲はマスターの笑顔みたいに暖かくて、心が落ち着く優しい味がする。学校帰りによっていたファミレスやファストフードの珈琲とは違っていた。







チョコレートのように風味が濃厚でまろやかで、少しずつ混ざっていく柔らかなミルクがほろ苦さを和らげていくようだ。






体の奥ににじんわり染み渡るその味わいに、自然と口元が微笑んだ。





賢二郎「なんだ。笑えるじゃん」




あなた「え?」




賢二郎「ずっと暗い顔してたから笑えないのかと思った」


振り向くと、いつの間にか私の隣には賢二郎くんが立っていた。先程の冷たい態度のこともあり、つい身構えてしまう。







どう返事をしたらいいか迷っていると、ランさんが興奮気味に大きな声をあげた。

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