なな「で、あなたちゃんは"何か嫌なこと"でもあったのかしら?」
あなた「え?」
ななさんはこちらにちらりと視線を向けて、オレンジジュースの入ったグラスをゆっくりと口元へ運んでいる。
まるで見透かされているみたいだった。
私が答えに困っていることに気づいたななさんが目を細めて小さく微笑む。
なな「あなたちゃん、ずっと苦しそうな表情をしていたから。何かあったのかなって思ってたの」
あなた「……そんな顔してましたか」
なな「うん、なんかもう消えちゃいたい!!って顔をしていたわよ」
指摘されたことに目を丸くして、頬に手をを添える。自分ではそんなつもりなかったけれど、感情がわかりやすく出してしまったみたいだ。
何を考えているか分からないと言われたことはあったけど、こんなふうに考えていることを言い当てられたのは初めてだった。
ラン「否定しないんだ?」
ランさんが少し意地悪な表情で片方の口角をつり上げる。
ラン「本当に消えちゃいたかった?」
あなた「そう、ですね。……そんなようなこと考えていたので」
ラン「ふぅん」
特に否定する理由が思い浮かばない。思っていたことは本当で、別に今日会っただけのこの人たちの前で嘘を吐く必要性も感じない。けれど、大人にとって私の悩みなんてきっとちっぽけなことに見えるだろう。
ラン「とりあえずさ、敬語禁止!!」
あなた「へ?」
なんの脈絡もなく敬語禁止を言い渡され、私は間の抜けた声を漏らしてしまった。
ラン「ここにはさ、んなもん必要ないんだよ」
ランさんの黒い瞳にライトの光が差し込み揺らめいて見えた。それが吸い込まれそうなほど美しく、自身の考えをしっかりと持っている意志の強さを感じて、私は見惚れてしまう。
ラン「捨てちまいな」
あなた「え……」
ラン「窮屈な檻に閉じこもっていたら息苦しいままだよ。思いっきり息吸って、楽をしようよ。そんでー、うまい酒を飲めばハッピーになれるってぇ!」
飛びっきりの明るい声と笑顔でラムさんが笑い出すと、ラムさんの隣にいるななさんとグラスを吹いている賢二郎くんが大きなため息を吐いた。
ラン「大事なのは笑顔でいることと、ハッピーでいることだー!いえーい」
なな「ラムちゃん、こぼれるからグラス置いて!」
ラン「あ、ちょっとー!!ななさん強引なんだけど!」
両手を上げて楽しそうにバンザイしているランさんは、テレビとかで見るような酔っぱらいそのものだった。まだ日も落ちてないのに、、お酒を飲んで酔っ払っているランさんは、普段はどんなことをしているのだろう。
マスター「あなたちゃん」
不意に、まるで慈しむように、大事に名前を呼ばれた気がした。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。