第5話
イケメン先生と二人だけの甘い時間
学校では私情を挟まないようにしている道人くんが、ごめん、と切なげな声で私に言った。
なにが道人くんをそんな風にしたのか、なにに対しての謝罪なのか、わからない事が多すぎて家で様子を見ようと思った。
いや、思っていた……が。
コンッ
コンッ
道人くんは穏やかな笑みを浮かべ、いつものように私の部屋に入ってきた。
Vネックの白いインナーの上から淡い浅葱色のカーディガンを羽織り、黒のスキニーで引き締めたカジュアルな恰好の道人くん。
クッションを投げつけるが、道人くんは軽々とそれをキャッチして私に手渡しで返してくれる。
私は受け取ったクッションで道人くんを思い切りたたくが、彼はそれさえも受け止めてしまう。
ドキッ
ドキッ
私の気も知らず、彼は嬉しそうに部屋出ていった。
様子がおかしいままならどうしたのか聞こうと思っていたが、そんなこと気にさせないような雰囲気。
優しい眼差し、柔らかな仕草、愛おしそうな微笑み。安心してしまうほど、いつも通りの道人くんだった。
映画をセットし終えて小さな丸テーブルを広げていると、ノックと共にドアが開く。
道人くんはベッドを背にして私の隣に座り、ティーカップを渡してくれる。
このラベンダーティーは、道人くんが私のためにラベンダーを庭で育て、それを乾燥させて淹れているものだ。
私が天邪鬼で悩み荒れていた頃、「落ち着くよ」と言って初めて飲ませてくれたのがこのお茶だった。
気遣ってくれた道人くんの気持ちが嬉しくて、「道人くんのラベンダーティー、美味しい」と呟いたら、それから庭でラベンダーを育てはじめていた。
彼は私と同じようにティーカップに口を付けると、リモコンの再生ボタンを押した。
学校とは違い、部屋には私と道人くんだけ。
ぎりぎり触れない数センチの距離。
気付かれないように道人くんを盗み見るが、集中して映画を見ている横顔さえかっこよく、私はすぐに視線をテレビに戻した。
道人くんは少し低めの声でそう言い、片手を私の肩に回してリモコンの一時停止ボタンを押した。
穴が開いてしまいそうなほど横から視線を感じ、私は俯いて道人くんの声に耳を澄ませる。
予想もしなかった質問に間抜けな声が漏れ、道人くんを見ると憂いを帯びた横顔がそこにはあった。
道人くんはテーブルに置かれたマドレーヌを一つ取り、首を傾げて私を見た。
真実を織り交ぜたうまい嘘をつき、私は勢いに乗って話した。
手に持っているマドレーヌを見つめ、道人くんは安心したように微笑み……。
道人くんはそのマドレーヌを私の唇に当てた。
自分の口に運ぼうとする道人くんの手首を掴んで止めると、彼はまた私の口元にマドレーヌを寄せた。
ご満悦な笑みを浮かべる道人くんを睨み、彼の指に触れないようマドレーヌを口に含んだ。
ド ド
キ ド キ
キ ド
ド キ
キ ド ド
ド キ キ
キ
それから、道人くんは部屋に入ってきた時より明るい笑顔を浮かべて映画を見ていた。
『数日後』
今日は初めての委員会の集まりがある。
けど、宮原くんを……す、好きだと勘違いされた日から、私は話しかけることに少し戸惑いを感じていた。
宮原くんが屋上にいるだろうと目星を付け階段を上っていく途中、たくさんの本を持った梅川先生と男子生徒を見かけた。
女性らしい見た目に、私には絶対真似できない甘え上手なセリフと態度。
私が梅川先生のようになれたら、学校でも普通に道人くんと話せるんだろう。
卑屈になってしまう気持ちをおさえ、それ以上見ないように階段を駆け上ろうとした時――。
私は声を上げることで、道人くんを呼び捨てにするこの人へのドス黒い感情と、今にも溢れだしてしまいそうな涙を押し殺した。
息切れしてしまう勢いで階段を駆け上り、屋上の扉を力任せに開ける。
バ
タ
ン
ッ
丁度いい日当たりの屋上で、眼鏡を外している宮原くんが本を片手に眠っていた。
傍らに座り込み、肩を揺らして声をかけても彼はまだ起きそうにない。
私は梅川先生の言葉を思い出して俯き、瞳からは涙が零れた。
宮原くんは私の頬を伝った涙を親指で拭い取り、手を添えた。
カシャッ
スマホで写真を撮るような電子音が後ろから聞こえ、咄嗟に振り返るが塔屋の扉はしまっており、そこには誰もいない。
宮原くんは眼鏡をかけて気だるげに起き上がり、私たちは屋上を出て委員会へ向かった。
このとき、私は今以上に道人くんとの距離が遠のくだなんて思ってもみなかった……。
☆