「東さん、俺と君は学校では先生と生徒。幼馴染は学校外での事だ。くん付けなんて言語道断、特別扱いはしないから。わかったら帰りなさい」
まるで拒絶しているような彼の言葉が頭の中でこだまし、妙な胸の痛みを感じた。
誰もいない家に帰り、日も差し込まない暗いリビングでソファに倒れ込む。
汗ではりつくYシャツの不快感に苛立ちは増し、ため息が漏れてしまう。
ふと、廊下でぶつかった地味なメガネ男子が脳裏に過った。
今までは、異性に優しくされたら誰にでも天邪鬼になっていた。それが何故か彼だけは……。
ガチャッ
私の苛立ちの原因である道人くんが帰ってきたようだ。
出迎えるつもりなんて全くない。
けど、心のどこかで、早くいつものように声をかけてほしいと、……願っている私がいた。
気持ちと言葉が比例することはなく、そんなバカな自分に涙が溢れそうだった。
クッションに顔をうずめると、キッチンからゆっくりと歩み寄ってくる足音が聞こえる。
足音は私の目の前で止まり、ギュッと背中に優しく腕が回される。
耳元で聞こえる声に胸は高鳴り、抱えているクッションさえも通り越して鼓動が伝わってしまいそうだ。
けど、あんなに冷たくする必要はなかったんじゃないかと、不満は消えない。
すると、彼の唇が耳元に寄せられ吐息がかかる。
彼を押しのけようとすると、頭を優しく一撫でされる。
胸が痛かった理由ははわからないままだけど、
やっぱり、いつも通りの道人くんの方が安心する。
『次の日』
朝早く目が覚めた私は、まだ誰もいない教室で一人悩み続けていた。
教室の後ろ扉から、一人の生徒が入ってくる足音が聞こえる。
新品の上履きのキュッキュッという音が響き、それは私の後ろを通り過ぎて左の席で止まった。
チラッと覗き見るとそれは明らかに男子で、急な緊張感に体が固まってしまう。
爽やかな笑顔を顔に貼り付け、左を向いて手を小さく振る。
隣には昨日の地味なメガネ男子。
彼の意外すぎる言葉で、貼り付けた仮面は容易く剥がれ落ちた。
彼が一言そうぼやくと、私の口元に甘い香りのものが押し当てられた。
彼はマドレーヌラスクを私の口元まで持ってきて、「あーん」と言った。
弁解をしようとした時、教室に元気そうな女子生徒が入ってきて言葉に詰まる。
キーン
コーン
カーン
コーン
大きな拍手と女子生徒の歓声で教室中は大盛り上がり。
ふと、彼と視線が交わった。
ドキッ
教壇から見つめる彼。
知的でクールなスーツ姿の道人くんは、目が離せないほどかっこいい。
ド ド
キ キ
ド
キ
ド
ド キ
キ
昨日和らいだはずの胸の痛みは、道人くんの態度一つで、また疼き始めた。
☆
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!