第8話

恋に気付いたとき
3,111
2019/05/23 09:00


 道人くんは、一直線に私達の元へ駆け寄ると宮原くんの胸ぐらを掴み上げた。

綾崎道人
綾崎道人
なんで泣かせるようなことしたんだ!?
東ほのみ
東ほのみ
道人くん!? 違うの、やめて!


 声をかけても道人くんは手を緩めず、宮原くんを鋭く睨み付ける。

 しかし、宮原くんは苦しそうに顔を歪めながら、薄笑いを浮かべた。

宮原唯月
宮原唯月
泣かせてるのはどっちだよ。中途半端なことしてるアンタじゃないの?
綾崎道人
綾崎道人
……っ!!
東ほのみ
東ほのみ
宮原くんもやめてっ……!


 道人くんは宮原くんを投げ捨てるように放すと、悲痛な表情で私の涙を拭い取った。

綾崎道人
綾崎道人
……東さん、立てる?
東ほのみ
東ほのみ
え、はい。……けど、さっきのは違くてっ!
綾崎道人
綾崎道人
話はあとで聞くから、行こう


 体を支えながら立たせてくれると、道人くんは私の荷物を素早くまとめ、手を引いて教室を出ていこうとする。


 その手を振り払うことなんてできなくて、それでも宮原くんが心配で振り返ると、苦笑して手を振ってくれた。

 私もうまく笑うことなんてできなくて、どんな表情をしているかもわからないけど、小さく手を振った。








 廊下は生徒の声一つ聞こえず、私と道人くんの足音だけが響いている。


 繋いでいる道人くんの手には力が込められていて、神経はそこに集中し鈍い痛みが心臓にまで広がる。




      ズキンッ




 避けられていると思っていたから、触れてもらえるだけでうれしいはずなのに……。




 すごく痛い。



東ほのみ
東ほのみ
みち……


 彼を呼び止めようとしたが、今私の目の前を歩いているのが、道人くんなのか、綾崎先生なのか……わからない。

東ほのみ
東ほのみ
……手、痛いよ
綾崎道人
綾崎道人
っ! ごめん、ほのみ
東ほのみ
東ほのみ
(あ、……道人くんだ)
綾崎道人
綾崎道人
大丈夫?
……手以外にも、痛いところない?


 道人くんは立ち止まると私の手を離し、眉をひそめて心配そうに見つめてくる。

 今日、何度も見たその悲しげな表情をどうにか晴らしたくて、私は精一杯の笑顔を作った。

東ほのみ
東ほのみ
……だいじょーぶ!
さっきのは倒れそうになった私を
宮原くんが助けてくれたんだよ!
心配してくれたのはわかるけど、
道人くんの勘違い!
綾崎道人
綾崎道人
……そっか。泣いてたのは?
東ほのみ
東ほのみ
それは……
東ほのみ
東ほのみ
(事故って言ったって、道人くんにあんなところ見られて嫌われたくなかったから)
綾崎道人
綾崎道人
答えにくいならいいんだ。
……今日は車で送るよ


 歩き出そうとする道人くんは優しく微笑むが、その瞳にはあの切ない色がまだ残っているように見えて、私は咄嗟に声を出してしまう。

東ほのみ
東ほのみ
み、道人くんは……!
綾崎道人
綾崎道人
ん? なぁに?
東ほのみ
東ほのみ
……なんで、あんなに怒ってたの?
綾崎道人
綾崎道人
うーん、……そうだなぁ







 道人くんは目を逸らし言い淀んだあと、私を真っすぐと見つめて苦笑した。



















綾崎道人
綾崎道人
妹を、……傷つけられた気がしたから、かな





       ズキンッ















 心臓を抉り取られるような、鋭く重たい痛みが走り息がしづらい。







 妹?


 やっぱり、道人くんにとって私は妹でしかない?





       ズキンッ





東ほのみ
東ほのみ
(そっか、やっとわかった)
東ほのみ
東ほのみ
(私、道人くんが好きなんだ)






 手のひらに爪を押し当て、今にも零れそうな涙を必死に堪える。

 道人くんと重なり合った視線を逸らすことなく、私は頑張って微笑んだ。






東ほのみ
東ほのみ
もう!
そんなことで掴みかかったりしないで!! 宮原くんに明日謝ってね!?
綾崎道人
綾崎道人
ああ、俺の早とちりで怖い思いさせてごめんな
東ほのみ
東ほのみ
もういいよ! 私は大丈夫だから!
東ほのみ
東ほのみ
(うまく笑えてる?
いつも通りのあたしかな?)


 私は道人くんを追い抜かして数歩先を歩き、誰もいない廊下の先を見つめた。

東ほのみ
東ほのみ
ほら、送ってくれるんでしょ?
早く道人くんの荷物取りに行こうよ!
綾崎道人
綾崎道人
そうだね。先に車行っててくれる?
すぐ行くから
東ほのみ
東ほのみ
うん、じゃあ……待ってるね


 私は逃げるように駐車場まで走った。

 後ろから「走るなよ」なんて声が聞えたけど、もう答える余裕もない。


 瞳から涙が一筋流れ落ちると、それはとめどなく溢れ続けた。

東ほのみ
東ほのみ
(こんなに好きなんだって、
やっと気づけたから……)
東ほのみ
東ほのみ
(妹でも我慢するから……)
東ほのみ
東ほのみ
(まだ、そばにいたい)


 靴も履かずに昇降口を飛び出し、ぼやけた曇り空を見上げ声を殺して涙を流した。








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