第9話
辛くても傍にいたい
試験期間も終わり、学校は夏休みに入った。
大きなトランクを二つ持って、両親は玄関を出ていこうとしていた。
道人くんは、今までのように、いつも通りに、私の頭を撫でた。
ズキンッ
兄妹という言葉がまるで呪いのように私の心臓を締め付けた。
両親が出ていった玄関扉をぼーっと眺めていると、ひょっこりと道人くんが私の顔を覗き込んでくる。
彼は目線を合わせるように屈むと、前髪をすくうように除けてお互いの額を重ねた。
ド ド
キ ド キ
キ ド
ド キ
キ ド ド
ド キ キ
キ
私は咄嗟に彼の両肩を勢いよく押して、距離を取った。
あの日以来、私は道人くんに少し触れられるだけで、今までよりも過剰に反応してしまうようになっていた。
好きだからこそ今までのようにそばにいたいだけなのに、気持ちだけが先走ってうまくはいかない。
天邪鬼でもできた会話さえ、今はままならない。
何もなかったように接せられるのが辛かったり、いつも通りにしたいのにできなかったり。
頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたように、気持ちと考えが追いつかない。
学校に着き数学の補習が始まった。
……が、教室には道人くんと私だけ。
テスト前も結局、道人くんのことを考え続けて集中なんてできなかった。
プリントに書かれた数字を追うけれど、それは暗号のようで全く頭に入って来ない。
教壇から刺さるような視線を感じ何とかペンを動かそうとするが、問題は全く解けていなかった。
痺れを切らしたのか、道人くんはゆっくりと私が座る机へと歩み寄ってきて、目の前で立ち止まる。
俯いたまま顔も上げられずにいると、ふんわりと優しく頭を撫でられる。
二人きりだからか、道人くんは家で私を甘やかすときのように優しく喋り始めた。
道人くんは珍しくいたずらっ子のような笑みを浮かべて、少し強引に私を立たせると優しく手を引いた。
ふと、中学生のころを思い出してしまう。
一人で天邪鬼に悩んでいた時も、道人くんはこうやって私を元気づけようとしてくれた。
昔から変わらないそんな彼の優しさに、少し心が落ち着いていく。
それと同時にこみあげてくる感情。
彼の優しいぬくもりを手放さないように、私はぎゅっと握り返した。
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