安藤さんに手を引かれながら小走りで道人くんを捜していると、さっきまで遠く感じていた彼の背中が廊下の先に見えた。
今まで感じなかった道人くんとの距離に気付いた私は、あとわずかな距離さえ縮めたくなってしまう。
曲がり角へ消えていきそうになる道人くんに呼びかけようとした時、彼の視線の先には綺麗な女性が立っていた。
梅川先生という美人な女性は、道人くんの腕に抱き着いたまま一緒に曲がり角へと消えていった。
私と安藤さんはお通夜状態で教室へと戻った。
天邪鬼をばらされたくない私は宮原くんに逆らうこともできず、放課後、私たちは着替えて体育館へ向かった。
安藤さんは、眼鏡を外した宮原くんに視線を移しニヤニヤと笑い、私に耳打ちをする。
そんな話をしている間に集合がかかり、ジャージ姿の道人くんが部員たちの前に立つ。
久しぶりに見る道人くんのジャージ姿に、思わず見惚れてしまう。
道人くんのちょっとした仕草に気付けるようになったが、梅川先生の出来事を忘れられず、悪い方向にばかり考えてしまう。
しかし、仕事内容と場所案内が始まると、たまに私と視線が重なる時、道人くんの瞳はいつもと違い男性っぽさを感じた。
私と目が合った瞬間、彼はわずかに耳を赤く染めてまた視線が逸らされる。
体育館に戻ってくると、ラリーは終わってスパイク練習の準備が始まっていた。
部員たちは列になって並び、一人ずつ助走をつけてトスされたボールを打ち込んでいく。
しかし、新入部員にはバレー初心者もいて、ボールをうまく打てずネットに引っかけてしまう。
そんな中、宮原くんはきれいな助走から先輩たちよりも高く飛び上がり、鋭いスパイクをサイドラインぎりぎりに打ち込んだ。
そんなことをぼんやりと考えていると、スパイクから着地した宮原くんと目が合う。
ド
キ
ッ
屋上での妖艶な笑みとは違い、良いスパイクをキメて楽しそうな微笑みを浮かべ、宮原くんは列に戻っていった。
列に並んでいる宮原くんが練習着の胸元を引っ張って汗を拭うと、引き締まった腹筋が隙間から見え、自然と目がいってしまう。
我に返って目の前を見ると、打たれたスパイクが私の方へ向かってきていた。
気づくには遅すぎ、当たるのを覚悟して身構えていると、道人くんが私の前に出てきて抱きしめる。
守ってくれた必死そうな道人くんの表情に胸が高鳴り、天邪鬼な言葉が出てきそうになるが、何とか飲み込む。
少し低めに耳元でささやかれた言葉で恥ずかしさは頂点に達し、全身が熱くなって言葉すら発せられなくなってしまう。
練習が終わり部員たちがストレッチをしている間に、私と安藤さんは片づけを始めていた。
ボールを乾拭きしていると、背後から誰かが歩み寄ってくる足音がした。
道人くんの表情や声、触れた体温を思い出して、私はまた顔に熱がたまる。
宮原くんに言い返そうとした時、拭いていたボールが思わぬ方向からとられた。
そう言って、道人くんは少し不機嫌そうに怒ってボールを持っていた。
今まで見たことのないその表情はそれほど恐ろしいわけでもないのに、先程とは打って変わってとても居心地が悪く、怖ささえ感じた。
むしゃくしゃした私は、そのまま次のボールを拭こうと俯くと。
か細い声で聞こえた言葉に驚いて道人くんの方を見るが、もう背中を向けて離れてしまっていた。
何に対しての謝罪かわからないけど、それは家でしか聞けない、私を溺愛している道人くんの声に聞こえた。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。