第8話

6月30日
36
2019/10/11 07:49
海の家の骨組みさえ完成していない季節。

僕は浜辺を歩いていた。もう日が沈むというのに、サンダルの隙間から入る砂は熱を帯びている。不愉快な摩擦で足の裏が擦り切れそうだった。それを振り切るように人気のない岩場まで歩く。

「今日も来てくれたのね。」

ノースリーブのワンピースを身にまとった、少女が笑う。

「君の方こそ。」

名前も知らない彼女にいつの間にか好意を抱いていた。

「でもね、もうそろそろここへ来るのをやめた方がいいと思うわ。」

「どうして?」

ここじゃないと会ってくれないのに。

「あれ?噂を聞いたことはない?」

「まったく」

「じゃあ教えてあげるわ。

·····ある女の子がね、恋をしたの。でも絶対に叶わない恋だった。それはそれは苦しんだそうよ。三日三晩食べ物が喉を通らなかったらしいわ。

なぜなら、このまま別れを告げてしまったら、本気で愛した人が自分ではない誰かと愛し合う時が来るかもしれないでしょう?そんなことはあまりに酷で受け入れられなかった。

でもどんなに嘆いても一緒にいるという手段は有り得なかったの。」



「どうして?」



彼女は涼し気な顔で風を仰いでいた。



「女の子は人魚だったから。人間とは住む世界が違う。人魚は水がなければ生きられないし、人間は酸素がなければ生きられない。」



「そりゃあ、そうだろうね」



「それでもやっぱり一緒にいたい。諦めきれなかったのよ。愛ってすごいものね。だから、彼に会った最後の日にね、ふふっ。

·····タベチャッタノ。

ほら、そうすれば嫉妬に狂うことも無いし、彼は身体の中で生き続けるでしょう?」

身振りをつけて流暢に語る。まるで愛が全ての主軸のように。



「ああ、確かに」



「最近、恋しくなるらしいのよ。
_______________あの独特の味が。普通のご飯では物足りないと感じてしまうくらい。

そして、この辺りではよく、君くらいの男の子がいなくなるの。

ね?とても怖い噂でしょう?

私も、とっても怖いわ。」




そう言って僕の肩を掴んだ。その手は震えていて、とても呼吸が荒かった。苦しそうに顔を歪め、涙を流している。

唇の端からは消化酵素を含んだ液体がたらりと垂れていた。

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