人間の姿でいるからには道端で丸くなって眠るわけにはいかないと男はユキを自宅へ住まわせることにした。
傍から見たら、可憐な少女を部屋に連れ込む男は不審に見えたかもしれないが、ユキの正体を知っている男は捨て猫を連れて帰る感覚だった。
「ユキはベッドで寝ていいよ。俺は床で寝るから」
「いえ!悪いですし、私は元々猫なので、床で丸まった方が落ち着くというか、なんというか……」
挨拶できるだけの間柄でいいと思っていたのに、家にまで上げてもらって挙句にベッドで寝ていいなんて耐えられないと思ったユキはブンブンと首を振りながら提案する。
謙遜と言うより必死の訴えに見えたのか、男は床にフカフカの新品のクッションをしいて「これでいい?」と笑いかけた。
クッションなんてものまで貸してもらえるとは思っていなかったユキは今度は縦に首を思いっきり振る。
その様子を見て微笑んだ男は「メシは人間のでもいいのかな。何かあったかな」とブツブツ言いながらキッチンの方へ消えていった。
ユキは置かれたクッションを少しつつく。
フカフカモチモチとした心地の良いクッションだ。
今度は少し両腕で抱きしめてみた。
男の柔らかな匂いが微かに香って抱きしめる腕の力が強くなる。
「そんなにそれ気に入ったのか。朝ごはんだしこんなのでどうかな」
クッションに顔を埋めていて気づかなかったようだ。
いつの間にか男が食事を持って戻ってきたらしい。
恥ずかしい所を見られたとユキは焦ったが、男はユキをほのぼのとした目で見つめていた。
「朝ごはん」はたっぷりのミルクに浸されたコーンフレークだった。
それを見てユキは少しムッとする。
「もう子猫じゃないし、ミルクじゃなくても平気です!」
「ははは、ああ。そう捉えられたか。これは人間の大人もこうしてミルクに浸して食べるんだよ。カリカリに近いかと思ってこれにしたけど、そうかミルクか」
腹を抱えて大笑いする男。
ユキは男の前のボウルも同じようにミルクが入っているのを見て、自分の勘違いが恥ずかしくなった。
と、同時に、この人は笑うとこんな顔をするんだとも思った。
男の真似をしてスプーンをぎこちなく使って一生懸命コーンフレークを掬うユキは何とも可愛らしいもので、それを男はニコニコと見ていた。
こちらは、まだ箸は使えなさそうだからしばらくはフォークとスプーンを用意してやろうなどと今後のことを考えていた。
食事を済ませたあと、食器を片付けた男がユキの元へ戻ると、ユキは戸棚の上の写真を眺めていた。
どの写真も男が旅行先で撮ったもので、海や山、古い街並みなどの風景が主だった。
「綺麗だなぁ」
「どれか気に入ったのある?」
ユキは写真たてを1つ丁寧に手に取り、「これが好きです!」と男に見せた。
ひまわり畑の写真だった。地面を埋め尽くす黄色い花とところどころ白が浮かんだ青空のコントラストが綺麗だ。
「私が側溝に落ちちゃったの、この花に見とれて飛びつこうとしたからなんです。大きくて、太陽の光でキラキラしていて、なんてお花かは分からないんですけど」
「ひまわりだね。夏の花だ。夏になったらここに連れて行ってあげるね」
夏になったら……。
その言葉にユキは心が痛むのを感じた。
その頃は自分は人の姿ではなく猫に戻っているのだろう。それでもこの人は自分を連れて行ってくれるだろうか。
「絶対、絶対に連れて行って下さいね!約束です」
「うん。約束だ」
今は、この人の言葉を信じていたい。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。