前の話
一覧へ
次の話

第16話

カーテンコール ~とあるカフェにて~
107
2018/05/14 14:57
私がこのカフェに入ろうと思ったのはなぜだっただろうか。
店の雰囲気がお洒落だったから?美味しそうな匂いがしたから?
いや、はっきりとは言えない、何か見えない力が私の足をその場所へ向けたのだ。

店内は落ち着いた空間だった。
黒と茶の暗めの色で統一されているが、華やかな食器やカラフルな花が程よく色を与えている。
奥にはピアノがあり、男性が演奏している。何の曲かは分からなかったが、生演奏とはなんとも豪華だ。

2つしかないテーブル席は埋まっていた。
先客は、イメージが対称的な2人の女性、大きな荷物とカメラを持った男性だった。
カウンターの中から、店員らしき女性が声をかけてきた。

「いらっしゃい。カウンターしか空いていないのだけれど、大丈夫?」

ずいぶん砕けた喋り方をする人だ。
口調とは裏腹に、表情は始終仏頂面だったが。
袖をまくった白いシャツにズボン、黒いエプロンという出で立ち。
長い髪を後ろでひとくくりにしている。

先程の問いに肯定の意味を込めて頷く。
「好きなところにどうぞ」と言われ、カウンターの隅っこの席に座る。

私が座ると同時に、2つ席を開けたところに座っていた怪しげなフードの男性がコーヒーを飲み干すと、お代を無造作において、立ち去ってしまった。
男性は被っていたフードをさらに深く被って何かに怯えているようだった。

訝しげに男性を見送っていると、店員さんが話しかけてきた。

「彼ね、訳あっておわれてる身なんだって。ここは他にも訳ありさんが多いからたまに来るんだけど、やっぱ知らない人は怖いのかもね」

「それ、私に言っちゃって良かったんですか」

「まあ、なんで追われてるかは言ってないし?もし気づいてもご内密に」

相変わらず店員さんの表情は仏頂面のままメニューを差し出してきた。
いや、さっきは下がっていた口角が少し上がって真一文字に結ばれている。
あれで笑った顔なのだろう。

メニューに一通り目を通し、レモンティーと一目惚れしたいちごのパンケーキを頼んだ。

「パンケーキの方は時間かかっちゃうけど、大丈夫?」

「特に用事もないので大丈夫です」

「了解」と言って、店員さんは奥に引っ込んでいってしまった。
ここの従業員は彼女1人なのだろうか。

暇つぶしにスマホをいじろうとしたら、店員さんが何かを持って戻ってきた。

「暇つぶしになるかと思って、不思議なお話は好き?」

「まあ、好きです」

「そっか、良かったらこれどうぞ」

手渡されたのは本だった。
ザラザラした茶色の表紙、中央に黒猫の絵がある。
タイトルは、「ねこのこばなし」。
ねこの、こばなし?ねこのこ、ばなし?
首をかしげながら、本の表紙を開いた。

――――――――――――――――

どれくらい時間がたっただろうか、茶色の裏表紙をパタンと閉じる。
「ねこのこばなし」は不思議な話がいくつか収録された短編集だった。
そのどれもに猫が登場している。

ふと、思うところがあり、店内をもう一度見渡す。
テーブル席の2人の女性は、どちらも灰色の髪だったが、片方は黒っぽくもう片方は白っぽく統一した服を着ていた。白い女性は暗い青のスマホで目の前のチーズケーキを撮影している。

大荷物の男性は、カメラを操作している。
撮った写真を眺めているのだろうか。
彼の大きなリュックにはオレンジ色の布がついており、何かが光を受けてキラリと光っていた。

暇になって自分のスマホを開く。
この店はフリーWiFiとか入れてないのかなとWiFi接続をONにすると、【NEKO-neco-denpa】という謎の電波が飛んでいた。

「変な名前」

呟いてスマホを消したところで、パンケーキが運ばれてきた。
大粒のいちごがフワフワのパンケーキとマッチしてとても美味しそうだ。

目の前のパンケーキに釘付けになっていた私は目の前の来訪者に気づかなかった。

「うわっ!」

目の前に、大きなトラ猫がいた。
パンケーキに視線を向けている。
まさかこいつ、私のパンケーキを。

「デンさん、人のパンケーキは取っちゃいけません!」

店員さんがトラ猫をカウンターからおろす。
デンさんと呼ばれたトラ猫は、不機嫌そうに棚の空いているところに収まった。
まだ視線はこっちを向いている気がしてならない。

「ごめんなさい。あいつ何でも食べようとするもんで」

「いえ、大丈夫です」

なんだかここにいる人たち、初めてあった気がしない。
本を読み終わってからそう思うようになっていた。


結果、パンケーキと紅茶はとても美味しかった。

「また来ます」って言ったら、「お待ちしてます」って返されたけれど、「また」があるかは正直分からない。
カフェから出ようと扉を開くと、後ろから声が飛んできた。

「あ、そうそう。もう気づいてるかもしれないけど、黒猫には従うんだよ」

不思議な忠告は、何故か心にすんなりと響いた。
細い道を少し進むと、金と銀の珍しいオッドアイの黒猫が道の真ん中に座り込んでいた。
私の姿を確認すると、ゆっくりと立ちが上がり、歩き出す。

「ちゃんと私を元の世界に導いてよ」


にゃあ

と返事が聞こえた気がした。

プリ小説オーディオドラマ