第8話

死神猫 ―1―
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2018/05/14 14:38
「死神を信じるかって?」

この会社で働いて10年になるいかにもキャリアウーマンといった風の女は、休憩時間に部下の青年が持ち出した話に不機嫌そうに返した。
変に真面目でリアリストな彼女はそういった類の噂話は嫌いだった。

「ちょっと!そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。最近物騒な事故が多いじゃないですか」

たしかに、最近この付近では死亡事故や重症人を出す事故が頻発している。
だが、それはこの地区がまだ開発途中で工事や整備を多く行っているからだと女は推測していた。
危険な場所や大型車両が増えれば、注意していても何も無い平和な街よりは事故は増える。

「その事故は死神のせいだって言いたいのか。偶然だろ。妄想は個人の勝手だが私を巻き込むな」

「偶然なんかじゃないんですって!その事故にあった人達がみんな事故の数日前から同じものを見てるんですって」

「黒いもやとか黒い蝶とかだろう?そういったものは大抵偶然か、あとからついた尾ひれだ」

「そういうんじゃないんですよ。俺も聞いたことない事例で、死んじゃった人が撮っていた写真もあるんですよ」

その被害者がみんなそろって見たというものが死神というわけか。死神でもカメラに映るんだな。と的はずれなことを思っていた女だが、大学で結構立派なオカルト研究会に入っていたという青年でも聞いたことがない事例と聞いて少しだけ興味を持った。

「で、どんなもんだったんだ。その死神ってのは」

「猫です」

自身のスマホを操作しながら青年が言った言葉に女は正直に驚いた。
禍々しい相貌の何かを想像していたため飛び出た2文字にポカンとするしかなかった。

「見ます?写真、貰ったんですけど」

若干の恐怖はあったものの、そういう類のものには動じない人間で通っている彼女のプライドが断らせはしなかった。
「見せてみろ」と青年のスマホを奪うようにして画面を見る。

本当にただの猫の写真がそこにあった。
遠目から急いで撮ったらしく、対象物は小さく、少し風景がぶれてはいるが、この会社の裏手の路地で撮られたものであることが、手前に映りこんだ1階のカフェの看板でわかった。
猫は黒い毛並みで、背筋を伸ばして撮影者を見ているようだった。
目は向かって右が黄色、左が灰色、見方によっては金と銀にも見えるなんとも珍しいオッドアイだった。

「オッドアイか、珍しいな」

「でしょう?この猫を何人もが見てみんな死ぬか重症だなんて、やっぱりこの猫は死神かなんか何じゃないかと……」

興奮した青年の話を「くだらない」とひと蹴り。
女は腕時計を見ると、自分のデスクに足を向けた。

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