第3話

月の無い夜 中
94
2018/05/14 14:13
村長の家は、立派な門を構えた平屋だった。
ねおはすぐに「村長さんを呼んでくる!」と言って駆けていってしまった。

青年は恐る恐る門をくぐる。
あまり無闇に動かない方がいいだろうと、入口に立ったままキョロキョロと当たりを見回す。
門の上部には透かし彫りが施されている。模様は何匹かの猫であることがわかった。

透かし彫りに見入っていると背後からの声で驚かされた。

「お客人。何を知りたいのかね?」

―――――――――――――――――

村長はいかにもといった白い髭を蓄えたお爺さんだった。
家の中は和装。
低いテーブルに向かい合って座る青年と村長。
ねおがお茶を持ってきてくれた。

村長がお茶を1口啜ったところで、青年は話を切り出す。

「僕は、大学で民間の伝承について調べていて、あの、特に農村地域の」

緊張で上手く口が回らずあたふたする青年の話を村長は優しい顔で頷きながら聞いていた。

「して、この村にも伝承を調べに来たと。
さて、どの伝承が知りたいのかね。山姥伝説、主と崇められる川の大魚、冬に現れる雪女。
この村は古くから体系が変わらんからね。村の長の家系は代々こういった伝承を伝え、それぞれを祀る祭りを執り行っているのさ」

青年の話を聞いて村長はいくつかの伝承を例にあげた。
しかし、青年が口に出したのはそのどれでもないものだった。

「じ、人猫の話を伺ってもよろしいでしょうか」

その瞬間、村長の顔がこわばり、すっと鋭い目線が青年を刺した。
思わず青年はビクリと体を揺らした。

「ふむ、よりにもよって人猫か。
それならお客人、いくつか約束して貰いたいことがある」

そう言うと、村長はずいと人差し指を立てた手を青年の方へ向けた。

「ひとつ、この話は表向きは伝承の一つだが作り話ではないこと」

村長はさらに中指を立て、続ける。

「ふたつ、聞きたいことにはわかる範囲で何でも答える。書庫の書物も写真なりコピーなり好きにするがよい。その代わり、夕方にはこの村を出て頂きたい」

その言葉に青年は困惑した。隣町までは山を超えなければならない。どうにか今日は泊めてもらおうとお金もたんまり持ってきたのだ。

「そこはどうにかなりませんか。何分山道は不慣れなもので、暗くなってから歩くのは不安です」

「それなら山間で仕事をしている山に慣れた者に送らせよう」

青年の期待はあっさりと打ち砕かれた。
しかし、あんなに優しそうな村長が訪問者を追い出すような真似をするとは、この村の人猫伝説と今日もしくは明日は何か重要な関係があると青年は勘ぐっていた。
青年の心中には、どうにかしてその重要な何かを見たいという思いが膨らんでいた。

だが、あの村長の様子を見るに、素直に申し出てもいいことはなさそうだ。
とりあえず、青年は人猫伝説について、資料を見せてもらいながら村長に話を聞くことにした。

資料が保管してあるという蔵はたいそう立派なものだった。
それぞれ伝承ごとに資料がまとめられており、とても探しやすい。
人猫伝説については、絵や工芸品が多かったが、文字でうめられた古い書物が2冊見つかった。
片方はもう片方に比べて薄く、表紙には「村の掟~ひとねこの章~」という達筆な文字が踊っていた。

青年はペラペラとページをめくる。

「“ひとねこ”っていうのは“じんびょう”のことですか」

「昔は“ひとねこ”が主流の呼び方だったようだ。今は人狼に合わせて“じんびょう”となったと聞く」

その資料には人猫について事細かに記されていた。
人猫は普段は妖力を使い人の姿をしている。決して人を騙そうなんて卑しいことを考えておらず、ただ人としての生活を送っている。しかし、月が隠れる新月の日に限って妖力を全く供給できなくなり、半猫の姿となって獣の本能のまま暴れてしまう。
人猫とは血筋よりも呪いに近い。人猫のいる一族を滅ぼしたことがあるそうだが、翌年生まれた別の家の赤子が人猫であったという。もちろん先に滅ぼした一族とは何の関係もないことは確認してあった。
また、人猫はこの村に必ず一人だけ存在しており、その人猫が死ぬと必ず翌年誰かが赤子を産み、その子が人猫であるという。
先程青年が立ち寄った神社は人猫の危害を最小限に抑えるようという願いから建てられたらしい。

青年が書物をひとつ読み終えたのを見て、村長が話し出す。

「そちらの厚い書物が過去に人猫であった人達の記録だ。名前と生没年が書いてある」

青年はこちらの書物は流し読みをして、村長に、先程の村の掟の書物の写真を撮る許可を得た。
暗い青のスマホを取り出し、丁寧に、読みやすいように写真を撮っていく。
蔵の中には、ページをめくる音とシャッター音が規則的に響いた。

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