第19話

突然
1,119
2018/03/21 10:23
《テオくんside》




☆イニ☆
テオくん遅れちゃうよ!早く!





まだ朝ごはんを食べ終わって
歯磨きをしている俺の後ろで聞こえる急かす声。





今日の撮影は割と遠出だ。





急がなければならない。





やっとの事でリュックを背負い
既に玄関で靴を履いているじんたんを追う。





最近のここ2ヶ月間はとても充実していた。





その前までのようにバイト漬けの毎日ではない。





やっと少し収入も安定してきたところだ。





自分のやりたいことで、楽しいことで
今、俺の人生を過ごせている。




☆イニ☆
テオくん?





前から聞こえる声に顔を上げる。





俺らが乗る電車がホームについていた。




テオくん
あ、ごめん行く





俺がそう言いながら歩み寄ると
にぃっ、という効果音がつきそうな笑顔を浮かべる。





多分今この人生が
充実しているのもこいつのおかげだ。





もしじんたんにあのまま断られていたら
多分俺は誰も誘わなかったと思う。





もしじんたんがあのまま就職していたら
俺は何をしていたんだろう。





まあそんなの考えても
今は前に進むだけだから、関係ないのだ。




☆イニ☆
やっと着いた〜





電車から出るなり腕を回しているじんたん。





普段インドアなじんたんも
今回ばかりは張り切っているようだった。





いろんな所を回って、動画を撮る。





特に企画性はないけど
俺達の " アルバム " として記録に残すために。




テオくん
じゃあここも撮ろうか、





そう言って立ち止まったのは広めの公園。





特に著名的な場所ではないらしいが
面白い滑り台があった。





まずはじんたんが持っていたカメラを回す。




テオくん
じゃあ行きますよ、





挨拶や企画説明を済ませてその滑り台に上がった。





滑るところがまだ濡れていてひんやりしている。




テオくん
わ〜怖え〜っ、





割と怖いもの知らずの俺でも
この滑り台を滑るのには勇気が必要だった。





思い切って手で身体を滑らせる。





ただ最初に勢いをつけただけなのに
加速は止まらずに俺を下へと運んでいった。




テオくん
いってぇっ!!





まるでその滑り台から放り出されるように
地面に打ち付けられる。





打ったのが頭じゃなくて良かった。





切実に。





まだヒリヒリと痛む身体を持ち上げて立つ。




テオくん
じんたんこれ辞めといた方がいいよ、





笑いながらではあるが
じんたんを引き止めようと説得を試みる。




☆イニ☆
痛かった?





心配しているような顔で見てきた。




テオくん
まじでやばい、バカ痛い、





大袈裟目にそう言うと
じんたんは少し考える素振りを見せる。




☆イニ☆
じゃあやる!





は?





Mなのか?





それとも頭がおかしいのか?





俺の注意、聞いてたか?





☆イニ☆
テオくんがせっかく痛い思いしてくれたのに、動画にしないのもったいないでしょ!





それが彼なりの優しさなのだろうか。





だとしたら相当嬉しいんだけど、





でも、こればかりは本当に危ない。




テオくん
いや、本当に辞めときな?





え〜、と渋るじんたん。




☆イニ☆
大丈夫大丈夫、はい!





そう言って持っていたカメラを渡してきた。





小走りで登る所へ向かう。





まあ、じんたんなら大丈夫か。





そんな考えが頭をよぎって
結局は最後まで止めることはできなかった。




テオくん
本当に気をつけてよ?





そして、じんたんは滑り出した。





これでもYouTuberだ、
しっかりじんたんをカメラに映す。




テオくん
危ないって、馬鹿!





そこでじんたんの動画魂に火がついたのか
もっと手で勢いを付け始めた。





もう滑り出してしまった以上
俺は止めることが出来ない。




テオくん
あっ、





何が起きたのか分からない。





ただ何かが鉄にぶつかる音と
重いものが高いところから落ちる音が響いた。





まだ信じきれていない頭のまま
じんたんが消えた場所に走る。




テオくん
じんたん?!ねえ、じんたんっ!!





カメラのことなんて気にも留められなかった。





目を閉じて横たわっているじんたんの姿。





まるで寝ているかのような。





さっきまであんなに元気だったのに?





ドッキリ、とか?





そんな俺の浅はかな考えを
じんたんの頭から流れてきた赤いものが消し去った。





…救急車、そうだ、救急車呼ばなきゃ、





震える手でiPhoneを取り出して
打ち慣れていない救急車を呼ぶ番号を押す。





鳴り響く待機音が気持ちをはやだてた。





早く、早くしないと、じんたんが。





やっと聞こえる看護師と思われる人の声。





俺はちゃんと状況を説明出来ていただろうか。





弱かった雨がだんだん強くなる。





寒い。





この震えは寒さだろうか?





目を閉じたままのじんたんを触る。





ただでさえ体温が低下している俺が触っているのに
じんたんはそれ以上に冷たかった。





死んでしまうんじゃないか。





最悪な考えが浮かぶ。





息を確認しようと耳を近づけると
微かに鼾もかいていた。





即死する人は鼾をかくと聞いたことがある。





お願いだから、死なないで、





まだ、まだ死ぬなよ、





まだ俺らはやることいっぱいあるじゃんか、





まだ登録者数100万人行ってないじゃん、





みやともコラボしてないし、





メジャーデビューだってしてない、





じんたんと俺の夢だった
CDデビューもしてないんだよ?





まだ死ぬのははやすぎるよ、





まだ、





…まだ、





じんたんに伝えたい想い、あるんだよ?





じんたんの手を握りしめながら想いをかけ巡らせる。





どのくらい時間が経ったのかは分からない。





遠くの方で
無機質な音が、鳴り響いてくるのが聞こえた。

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