《☆イニ☆side》
そう言って俺は、回っていたカメラを止めることなく
ある公園のトイレに駆け込む。
急いでリュックに入っていた服を着た。
そして緑色のオーバーオールをそれに仕舞う。
そう、今日はテオくんの持ち込み企画の撮影だった。
6月の晴れた日にあの格好をして
カメラに向かって口パクをするのはかなりきつい。
もちろん周りにそんな2人組はいるわけない。
そしてお散歩日和なわけで。
色眼鏡で見られたのは言うまでもない。
1ヶ月前にもそんなような台詞を言った気がする。
テオくんと作ったSproutREMIXは好評だった。
本人にも気づいてもらえて
この上ないほどに幸せ者だと感じて。
そんな些細な幸せさえも
もう味わえないのか、と少し切ない。
今まではテオくんが言ってきたこと。
今日は、今日ぐらいは俺から言おうかなって。
目をキラキラさせてそんなことを言う。
素敵な笑顔だな、と思ったのは
きっと誰にも打ち明けることは無い。
飲食店に入って早々
テオくんは今回の動画について語り始める。
うんうん、と聞いている自分。
このやりとりもなくなるのだ。
何気なく言ったその一言。
テオくんの声色が急に変わる。
悲しそうに笑って言うテオくん。
なぜかその顔を直視出来なかった。
" したら " なんて。
また俺は、無責任な言葉を吐く。
少し笑いの含んだ声。
優しい、声。
" 俺 " の人生。
俺は " それ " を大切にして生きてきただろうか。
" 俺の人生を左右するな "
そんなことを、人に言えるだろか。
俺の人生の中身は、そんなに詰まっていない。
正直誰にどうされても何も言わない、
言えないのだ。
だから、とテオくんが息を飲んだ。
きっと、精一杯の笑顔で。
テオくんに作り笑顔なんて似合わない。
相変わらずの作り笑顔で言う。
俺が次に待っている言葉は?
" 確かにそうだよな " ?
本当は
待ってるんじゃないの?
" そんなことない "
その答えを。
次にテオくんが言う言葉で
人生を決めようとしている自分がいる。
確信した。
俺がやりたいこと。
俺が、やるべきこと。
じんたん、とテオくんが名前を呼ぶ。
答えはひとつだった。
その言葉だけで俺の人生はきっと一転してしまう。
そのせいか声が震えた。
でもこれでいい。
これでいいんだ。
言いかけていたテオくんの言葉が止まる。
" 今なんて?なんて言った?! "
信じられない、という顔で
何回も同じ質問を俺に投げかける。
だから、とテオくんをなだめるように言った。
そう言った俺の声は
もう震えていなかった。
人目も気にせず、大きい声でそう叫ぶテオくん。
これから始まる生活が、
人生が、
とても楽しみで、ワクワクしている。
修学旅行で夜中に騒いで
足音がするたび布団に隠れるみたいに
ドキドキしながらも
その場を楽しんでいる。
こんなにイキイキしたのは
きっと俺の人生で、初めてだった。
俺を待っている未来が
良い方に転んでも、悪い方に転んでしまっても
それでもいいと思った。
なぜだか分からない。
テオくんの笑顔に
背中を押されたから、なのだろうか。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。