父が大好きだった。
母が死ぬと同時に産まれた俺のことを、責めることなく男手ひとつで育てた父。
仕事で忙しいはずなのに、まだ何も知らない俺へ何でもないよと笑いかけた父。
ゆっくり休みたいであろう休日は、天気良いな、公園行くか?それとも遊園地行っちまうか?と温かい手で頭を撫でてくれた父。
妻の死を悲しむ時間ももらえず、息子の誕生をのんびりと祝うわけにもいかず、ただ必死に息子へ愛情を注いだ父。
かっこよくて、頼もしくて、でも面白くて、優しくて、やっぱりかっこいい父が。
父が大好きだった。
──────だから、父が嫌いだ。
ある日、父が一人の女を連れてきた。
新しい母だそうだ。
見た目は朗らかで優しい雰囲気。父とも仲良さげで、小学校高学年になった俺は女が家の敷居を跨ぐことを許した。
その女の後ろには、小さな男の子が立っていた。どうやら俺の五つ下らしい。
これからは、弟になるそう。
特に恥じらいがある感じでもなく、けれど元気とも言えない声で、それだけ。
女に引っ付いているわけでもなさそうなので、人見知りではない。夏なのに長袖を着ている。
暑くないのかな、と呑気なことを考えながら、叶と同じように自己紹介をした。
父はそんな俺を見て人見知りかっ、と少し笑う。
仕事が忙しく家に居られないため、父は家に俺を独り置いていく。
少し寂しいけど、別にそれでも良かったし、父が家族としていれば充分だった。
けれどどうやら父はそうは思わなかったらしく、奏に寂しい思いさせられないよな、と今の状況に至るらしい。
母親と弟がいれば寂しいことは少ないだろう、と。
俺に手を差し出し、笑う女。
───あ、俺、こいつのこと嫌いだ。
実の息子──叶がお前に怯えている時点で、そうだろう?
新しい家族が来て、数日経った頃。
俺の部屋に奏が来ることがよくあった。
····兄、とは呼んでくれないようだ。
夜。ベッドに座って本を読んでいた俺は、部屋のドアの前に立つ叶を見つめる。
叶は枕を抱いていて、それは「一緒に寝よう」の意だと最近知った。
本を枕元に置き、ベッドのシーツを少し叩いて歓迎すると、叶は少し嬉しそうにしてベッドに駆け寄る。
そんな叶に自分も嬉しく思いながら、叶が抱きしめる枕をやんわり奪って自分の枕の隣に並べた。
すると、叶はそう言いながらベッドによじ登り横に寝転ぶ。
俺も倒れるように寝ると、部屋の電気を消して布団を被る。勿論、叶に掛かっているか確認した。
え?
と、思って叶の顔を覗いてみると、叶は既に小さな寝息を立てていた。
心も、とは。
叶の言葉を不思議に思いながらも、俺はまぶたを閉じる。
まぁ、いっか。
叶を少し抱きしめてやると無意識に抱きしめ返してきたのが嬉しかったのは、ここだけの秘密。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。