私は、その窓を優しく叩いた。
七月七日。七夕。
慣れない人には怖いであろう夜の病院の敷地内に足を踏み入れた私は、病院の裏に回って、一階にあるハルちゃんの病室の窓に顔を覗かせた。
すると、消灯時間を過ぎてもこっそりと本を読むハルちゃんはこちらを見て目を見開く。
そして、声は聞こえないが口をパクパクさせながら慌てて病室の窓を開けるハルちゃん。
まぁ、そりゃ驚くよね。
来るなんて言ってないし、そもそも消灯時間過ぎてるし。
ガラガラと勢いよく窓を開けた途端、ハルちゃんは小さくて、でも焦りを含んだ、そんな声で私にそう言った。
小声なのは他の人に聞こえないようにするためだろうな。
私が怒られちゃうから。
私がそう言って笑うと、ハルちゃんは困惑の顔を向ける。
それでも、「でも····」と渋るような声で迷うハルちゃんを見て、私はその手を窓越しに握った。
そうやって人差し指を唇の前に立てて笑うと、ハルちゃんはようやく、嬉しそうに笑って私の手を握り返す。
平気?そんな馬鹿な。
ハルちゃんの病気は私のより重いのだから、平気なんて確証があるはずもないのに。
私は、勘違いをしてしまっていた。
ハルちゃんの病気を、忘れていた。
なんて愚かな子供。
駄目だって分かっているはずでしょう?
病院の裏山を少し登った所に、ひっそりとある丘の上。
私が見つけたこの場所は、今日初めてひとりの秘密じゃなくなった。
ハルちゃんと二人の秘密。
天の海を見上げた、思い出になる場所。
そうやって目を輝かせるハルちゃんを見て、私もなんだか心が踊り出す。
あぁ、早くハルちゃん元気にならないかな。
また来年もここへ来たいな。
でもまず海だよね。
私は、そんなことを考えながら空を見上げていた。
─────すると突然。
隣から、苦しそうな息遣いが聞こえてくる。
どんどん荒くなる呼吸。
瞬間。私の目が捉えたのは、真っ青になったハルちゃんの顔だった。
咄嗟に、行先を失ったハルちゃんの手を握ってその震える背中を摩る。
····何だろう?過呼吸?
すると今度は、ハルちゃんの口から赤いような、黒いような、ソレが吐き出される。
──────吐血?
荒かった呼吸が、徐々に薄いものへと変わってゆく。
····このまま行けば、呼吸が止まる。
ふと、ハルちゃんが笑ったような気がした。
そして、次の瞬間には、ハルちゃんが脱力する。
呼吸はおろか、心臓が止まっていた。
何かが崩れ落ちるような、音がした。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。