第29話

弐拾玖
397
2020/08/07 09:32
芦阿 波戸
……で、結局読み聞かせしてもらった
昨日の遠藤たちが帰った後のことを聞かれたのが数分前。
聞いた本人──森は、俺の目の前で極寒の土地に放置されたかのごとく肩を震わせていた。
森 直哉
ぐ……ふっ、
芦阿 波戸
隠せてねぇぞ森
森 直哉
ぶっ、あははっ!!だってよ、お前、読み聞かせって……!
笑いを隠す気もなくなった──全く隠せていなかったが──森は、腹を抱えて大爆笑し始める。
芦阿 波戸
俺は止めたぞちゃんと
森 直哉
でも結局してもらったんだろ?
遠藤 由鶴
わー、森くん何ニヤニヤしてるんですかー?気持ち悪いですよー
森 直哉
棒読みすんな……って、遠藤!?お、おま、いつの間に俺の背後に!?
体を跳ね上がらせて驚く森を見て、遠藤は心底嬉しそうに笑う。
遠藤 由鶴
さあ、いつでしょうね……?
森 直哉
怖っ!こっわ!!そんな笑顔で言うなよビビるから!
芦阿 波戸
やめろよー遠藤。森は俺をネタにして笑うので大変だったもんなー?だから気付かなかったんだよなー?
森 直哉
皮肉やめて!!
ギャーギャーと喚く森に、遠藤はまたもや良い笑顔を向ける。

この後、授業時間になって教室に入ってきた先生にうるさいと注意され宿題が増えた森のことは割愛。





* * * * *




そんな日常に慣れてきた頃。

突然に、俺の当たり前は墜落ついらくした。


不良
お前さぁ、最近喧嘩しねぇよな?何?イイコチャンアピールですかぁ?
学校からの帰り道、階段の上で突然話しかけてきた不良たちは、いつの間にか俺を取り囲んでいる。

面倒なことになった。

最近遠藤や森とよく一緒にいて、放課後喧嘩三昧だった俺は今やおかしいくらいに大人しいだろう。
だからこそ、それを良く思わない奴がいるからこんなことになったのだ。

不幸中の幸い、遠藤は先生に呼び出されてまだ学校で、俺は今夜一緒に夕飯を食べる約束を遠藤としていたから、先に帰って今は一人。

一人ならまだ、誰にも迷惑はかからない。
不良
うっざいからさぁ、ちょーっと俺らに付き合ってね?
芦阿 波戸
無理。そこどけ
その一言が、起爆剤となる。





* * * * *




芦阿 波戸
はぁ…はぁ……っ
もう完全に日が暮れ、空に小さな星がちらつき始めた。

俺の一言で相手は逆上、思ったよりも相手が多く逃げることも出来なくて結果そのまま喧嘩コース。

俺をだいぶ殴ったことに満足したのといくら殴って蹴っても倒れない俺に飽きたので半々。不良達は背を向けて帰って行った。
芦阿 波戸
くっそ……
鈍くなっていた痛覚が最近戻り始めていたので、全身から顔を歪める程の痛みが伝わってくる。


嗚呼、やっぱり。

俺は不良のままなのか。
不良あんな奴らとは縁なんて切れないのか。

それじゃあ、どうしたって周りに迷惑じゃないか。


なら、俺は一人になるべき?


……そんなの、俺が嫌だ。
今更独りになるなんて、そんなの、嫌に決まっている。
独りではないことの幸せを知ってしまったらもう、離れることなんてできやしない。

けれど、このままでは遠藤や森、母さんだって、迷惑をかけるかもしれない。
きっと俺を誘き寄せるための囮にする。
きっと俺に対しての腹いせだとか言って怪我させられる。


ああもう。馬鹿だ俺。
何でそれに早く気付かない?
何で離れたくないと我が儘になってしまう?
それなのに何で解決策を見付けられない?
芦阿 波戸
どう、したら……
そうして、俺は馬鹿みたいな弱気状態に陥ってしまった。
痛くて重い体に、精神的な重りがどしんとのしかかる。


そんな時だった。


────────『あの、』


後ろから肩を叩かれた。
少し、強めの力。

そこからは脊髄反射。
声をかけてきたのが不良だと、俺の体は思ったのか。

俺は、声をかけてきた人を腕を横降りにして殴ってしまった。



それが、いけなかった。


だって、ここは階段の上。


目に映る光景には、空中に放り出された人が一人。



そして気付く。

あの話しかけてきた声は、いつも聞いていた声だ。

最近、俺の隣で聞こえてくる声。
遠藤 由鶴
……どう、して───



──────遠藤は、階段の下へちていった。




ヒュ、と自分の息が止まる音がした。

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