ゲームスタートの合図が出たと同時にやってきたのは、どこもかしこも白い部屋だった。
そして。
虐待痕など一切背負わない、俺の弟がそこにいた。
屈んで、目線を合わせて、そして、笑う。
あの頃と変わりない身長と、あの頃とはかけ離れた肌の色。
ちぐはぐで違和感は拭えないけれど、痛い思いをしていないのならそれでいい。
だから大丈夫。安心していいよ、カナウ。
そう口にして、カナウの震える両手を包み込むように握る。
小さい手。守れなかった、手。
カナウが、安心したようにふにゃりと笑う。
その笑顔があの頃と何一つ変わっていなくて、嬉しくて、苦しかった。
視界の隅にはらりと落ちている紙を見る。
こんな何も無い所から「脱出せよ」ねぇ。クリアさせる気あるのか?
それはそうと、ここに俺の罪状を送り込んだのがあのシシビ達だと考えると、この子にキーになるような何かがあるようにしか思えない。
···でもなぁ。
ずっと気を貼り続けていたから、緊張が解けた反動で眠くなってきたらしい。
うとうとと目を擦るカナウは、だっこ、とでも言うように俺に手を伸ばしてきた。
俺はそうため息をついて、白い床に座る。
そして、ほら、と両手を広げた。
俺が頷くと、カナウは幸せそうに笑って俺の首に腕を回す。
俺はその体をぎゅうっと抱きしめて、トン、トン、と背中を優しく叩いた。
しばらくすれば、すぅ、すぅ、と小さな寝息が聞こえてくる。
子供は寝るのが早いなぁ、と静かに呟いた。
辺り一面真っ白な部屋を見回す。
ペンキとかないかな。ないよなぁ。
なにか色があるものを探せればいいけど····
あるじゃん。すごく身近な、色。
そうと決まれば行動だ。もし制限時間があったりしたらたまったもんじゃないからな。
腕の中で眠るカナウの背中を、そっと撫でる。
ごめんな、少しだけ待ってて。頑張ってすぐ終わらせるから。
そう心の中で謝って、カナウを床へと寝かせた。
立ち上がり、カナウから離れて、そして。
左腕を、思いきり咬んだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。