第56話

伍拾陸
182
2022/08/12 08:00
ツン、と何かの匂いが鼻をかすめた。
鳥羽 蛍
···?
何の匂いだろう。周りを見渡してみるが、白ばっかりで何もない。

おかしいな。嗅覚にはわりと自信あったのに。
アオイ
けむり···
ふと、己の膝の上で寝ていたはずのアオイが呟く。
鳥羽 蛍
起きた?
アオイ
うん!でも、それより···
あそこから、けむりがでてる。

アオイがそう言って指さしたのは、何も無い壁だった。
壁から、煙が?
鳥羽 蛍
待って···煙?····っ!!もしかして!
さっき鼻をかすめたあの匂い。

化学の実験ですら嗅いだことの無い刺激臭。
ならば、毒性が高い可能性がある。

アオイに膝から降りてもらい、急いで煙が出るという壁に近づく。
鳥羽 蛍
っ···やられた···!!
ちょうど目の高さくらいのところに排気口らしき切れ込みと穴を見つけた。

主催者あいつら、私たちを中毒死させる気だ···!

結構な時間を消費してしまっている。
これは、あと何分持つか···
アオイ
ほたる···?
鳥羽 蛍
っ!?···あぁ、アオイか···。どうしたの?
アオイ
あせってる?
そりゃあ、アオイ共々ここで死ぬかもしれないのだ。
1人で死ぬのならまだしも、この子供を巻き込むのは本望でない。
アオイ
だいじょうぶ!おねえちゃんにまかせなさい!
···何を根拠に、そう言うのか。

まかせて!と自信に満ちた笑顔で私を見つめるアオイ。
私より小さな子供。

けれど───確かに、アオイは現実わたしを真っ直ぐに見つめている。
鳥羽 蛍
···わかった。アオイ。どうか、力を貸して
アオイ
あいあいさー!
アオイは敬礼のポーズをしてから、すたすたと排気口の前へ出る。

そして、排気口の小さな穴に腕を突っ込んで───カチリ、と音がした。
鳥羽 蛍
え···?
さっきの音は鍵が開く音だったのだろうか。
排気口の蓋が、いとも容易く外れてしまった。
アオイ
こわいときは、おもいきってそのこわいところにとびこむ!それがいちばんだよ、ほたる
鳥羽 蛍
───·····
ふふ、と不敵に笑うその子供と、あの日・・・の姉が重なる。

怖い所へ飛び込む。

あぁ、そうか。たしかに君は、アオイ・・・だね。
鳥羽 蛍
私が先に行って、出元を止めながら進むね。アオイ絶対に大きく息を吸わないで
アオイ
らじゃー!
また敬礼ポーズをするアオイの頭を数回、優しく撫でてから排気口の縁に手をかける。

私でギリギリ入るくらいの空間に顔を入れれば、さっきよりも濃くなる臭いと煙の密度。
咳をしそうになるが、すれば大きく息を吸ってしまうことになるので悪循環。我慢する。
鳥羽 蛍
····よし
おもいきって縁に足をかけ、体を前に進める。
少し奥に進めば、ちらりと影が差す場所が見えた。

───あった。出口。
鳥羽 蛍
アオイ、私の後ろに付いてきて。出口あったよ
アオイ
ほんと!?やったー!このよこのつくえをつかえばいいよね?
鳥羽 蛍
そう。それできっとアオイでも届く
アオイ
わかった!
カタン、とアオイが動く音が聞こえる。
その音が遠くならないように注意しながら慎重に前へ進む。
アオイ
まだ?
鳥羽 蛍
あと少し。がんばって
煙が一番濃い所に着けば、ふわり、と風が吹いた気がした。

狭い場所から出て立ち上がる。

目の前には、白ではなく、黒が広がってた。
やっと出会えた、他の色。

少し先を見てみればひとつの扉が見える。
鳥羽 蛍
っ···はぁ···
急にどしりと疲れがのしかかる。
水を得た魚のように呼吸がしやすくなった。
鳥羽 蛍
柄にもなく焦ったなぁ···
はぁ、と息をついて、それからアオイの手を拾って握る。
鳥羽 蛍
出よう、ここから
アオイ
うん!
アオイがそう言って歩き出す。私もそれに続いて扉まで歩いていった。

そして、そこに着いてドアノブを握る。

くるりと手首を回してその扉を押せば、ふわり、と風が吹いて、そして。


















────ぱちり、と目を開ける。

鳥羽 蛍
ん···
体を起こせば、ふと、そこに影が重なった。
シシビ
おはようございます。よく眠れましたか?
鳥羽 蛍
····シシビ
上を向くと、そこには私の顔をのぞき込むシシビがいた。

────そういえば、なぜ私は寝て···
鳥羽 蛍
っ!!
ばっ、と勢いよく顔を四方八方へ向ける。

私が寝ていた場所は、何十にもなる扉が並んで輪になっている部屋だった。
シシビ
いやぁ、おめでとうございます!あなたがゲームクリアのトップバッターです
そうだ、私はゲームクリアのために扉を開けて····あれ?でも、何で寝ていたんだろう。
シシビ
毒ガスに気づいてからの対応が早かったのが良かったポイントでしょうねぇ

そうだろう。アオイが素早く突破口を見つけてくれたから────アオイ?
鳥羽 蛍
····っ!!アオイ!アオイはどこ!?
この部屋には私とシシビの2人しかいない。
アオイと手を繋いで扉を開けたはずなのに、どうして···
シシビ
大丈夫ですよ
アオイを探そうと立ち上がった私の腕を掴んで、シシビはそう言った。
シシビ
大丈夫。ちゃんとあの子はあるべき場所へ帰した
鳥羽 蛍
あるべき場所···?
シシビ
そう。あの子は、あの子たちは、いわば君らの偶像きおく。本物の人間じゃない
シシビ
そんな子たちが帰る場所はひとつだけ
────私たちの、記憶。
シシビ
だから大丈夫。決して消えたりなんかしていないさ
シシビはそう言い終えると私の腕を離し、私が瞬きをしたうちに消えてしまった。

···大丈夫、か。

今のシシビの言葉はきっと、信じて良いのだろう。
なぜかそう思える。
鳥羽 蛍
····みんな···
無事、だろうか。

あの毒ガスに気づくのが遅ければ何も出来なくなってしまう。
誰であっても気づくのを遅らせるような形になっていたからとても怖い。

どうか、みんなが無事でその扉を開けますように。


扉だらけの異様な空間で一人きり、手を組んでそう祈った。

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