第26話

弐拾陸
507
2019/12/08 08:00
森 直哉
あしあーん!!
芦阿 波戸
うおっ!?
唐突に後ろから抱き付かれ、驚きの声が漏れる。
森 直哉
ねぇ聞いてよあしあん!
俺の肩を揺すりながらぱっとしない声を出す森。
‥‥‥“あしあん”って俺のことかよ。
芦阿 波戸
聞く。聞くから。揺するのヤメロお前
森 直哉
うわぁぁぁぁぁ!!
森は何故か発狂しながら、俺の肩をもっと大きく揺する。
芦阿 波戸
話をっ‥‥‥‥聞け!
俺の目線よりも少し下にある頭にチョップをかます。
森 直哉
いでっ
森は頭を押さえる。

教室でそんなことを繰り広げている為か、女子がクスクスと笑っている声が聞こえた。
芦阿 波戸
お前今日どうしたんだよ‥‥‥
俺が溜息を吐くと、遠藤が苦笑しながらやってくる。
遠藤 由鶴
今度の期末テスト、赤点とったらお小遣い無しだーってお母さんに言われたらしいですよ
遠藤の言葉に、森が情緒不安定な理由を理解した。

期末テスト、か‥‥‥‥。
テスト‥‥‥。
期末‥‥‥。
テスト‥‥‥。
芦阿 波戸
‥‥‥
遠藤 由鶴
?どうしたんですか?波戸くん
芦阿 波戸
‥‥‥‥い
遠藤 由鶴
え?
芦阿 波戸
‥‥‥‥やばいやばいやばいやばい
遠藤は目をぱちくりとさせる。


‥‥‥そう、やばいのだ。

俺は赤点をとらなかったことが一切無い。
ましてや、平均点以上なんてとったら世界が滅びるくらいだ。
遠藤 由鶴
波戸くん、勉強苦手なんですか‥‥‥?
遠藤に核心を突かれ、ぎくりとする。
芦阿 波戸
す、数学は平気なんだけど‥‥‥‥文系が‥‥‥‥
すると遠藤がうーん、と何やら考え出した。
そしてぽん、と手を叩くとにこにこ笑った。
遠藤 由鶴
勉強会しましょう!
森 直哉
まじ!?
遠藤の言葉に、席に座っていた森はガタッと音を立てながら勢い良く立ち上がる。
遠藤 由鶴
僕、数学が苦手で国語得意なんです!だから、波戸くんが僕に理系を教えて、僕が波戸くんに文系を教えるのでどうでしょう!?
森 直哉
じゃあ俺は実技と社会と英語教える!逆にこれしかできない!教えて!!
遠藤 由鶴
よし、そうしましょう!
森 直哉
今日はあしあんの家で勉強会だぁぁぁぁっ!!
芦阿 波戸
お、おう‥‥‥?





















‥‥‥‥と、勢いと圧に負けた俺は、ボロアパートに二人を招き入れた。



芦阿 波戸
ていうか、このボロアパートで良いなら遠藤の家もあるだろ
家の鍵を開けながら、俺は溜息を吐く。
遠藤 由鶴
良いじゃないですか
森 直哉
減るもんじゃないし
芦阿 波戸
お前ら帰れ
遠藤 由鶴
ごめんなさい
森 直哉
サーセン
芦阿 波戸
よし、歯ぁ食い縛れ森
森 直哉
誠に申し訳ございませんでした死にたくないですどうか命だけは
芦阿 波戸
じゃあ死なない程度に‥‥‥
森 直哉
誠に申し訳ございませんでした以後気を付けるので見逃して頂けると幸いにございます
芦阿 波戸
‥‥‥
遠藤 由鶴
‥‥‥
森 直哉
‥‥‥
数秒間、俺たちの間に沈黙が入った。
そしていつものように、ぷっ、と三人同時に吹き出した。
森 直哉
あしあんって意外にノリ良いよなー
遠藤 由鶴
意外なんですね
森 直哉
おう、意外だ
そんな会話を聞きながら、家の中へと入る。

こうやって同い年の人と、笑って、話して、巫山戯て、また笑う‥‥‥なんてことは初めてだった。
心が少し、くすぐったい。
遠藤 由鶴
おじゃまします!
森 直哉
おじゃましまぁす
遠藤 由鶴
はい、森くんやり直しです
森 直哉
何故!?
楽しい、と心から思う。
小さい頃に図書館で絵本を読んだ時の楽しさとはまた別の、“楽しい”がある。

遠藤のおかげだ、と思う。
森のおかげだ、とも思う。
クラスメイトのおかげだ、とも思ったりする。

結局、この楽しさの全ては独りだけでは絶対になかったものだと知る。

その考えが、小学生で芽生えるものだと知っているけど。
まだ人との接し方なんて分からないけど。

楽しい。

ただ、それだけ。

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