唐突に後ろから抱き付かれ、驚きの声が漏れる。
俺の肩を揺すりながらぱっとしない声を出す森。
‥‥‥“あしあん”って俺のことかよ。
森は何故か発狂しながら、俺の肩をもっと大きく揺する。
俺の目線よりも少し下にある頭にチョップをかます。
森は頭を押さえる。
教室でそんなことを繰り広げている為か、女子がクスクスと笑っている声が聞こえた。
俺が溜息を吐くと、遠藤が苦笑しながらやってくる。
遠藤の言葉に、森が情緒不安定な理由を理解した。
期末テスト、か‥‥‥‥。
テスト‥‥‥。
期末‥‥‥。
テスト‥‥‥。
遠藤は目をぱちくりとさせる。
‥‥‥そう、やばいのだ。
俺は赤点をとらなかったことが一切無い。
ましてや、平均点以上なんてとったら世界が滅びるくらいだ。
遠藤に核心を突かれ、ぎくりとする。
すると遠藤がうーん、と何やら考え出した。
そしてぽん、と手を叩くとにこにこ笑った。
遠藤の言葉に、席に座っていた森はガタッと音を立てながら勢い良く立ち上がる。
‥‥‥‥と、勢いと圧に負けた俺は、ボロアパートに二人を招き入れた。
家の鍵を開けながら、俺は溜息を吐く。
数秒間、俺たちの間に沈黙が入った。
そしていつものように、ぷっ、と三人同時に吹き出した。
そんな会話を聞きながら、家の中へと入る。
こうやって同い年の人と、笑って、話して、巫山戯て、また笑う‥‥‥なんてことは初めてだった。
心が少し、くすぐったい。
楽しい、と心から思う。
小さい頃に図書館で絵本を読んだ時の楽しさとはまた別の、“楽しい”がある。
遠藤のおかげだ、と思う。
森のおかげだ、とも思う。
クラスメイトのおかげだ、とも思ったりする。
結局、この楽しさの全ては独りだけでは絶対になかったものだと知る。
その考えが、小学生で芽生えるものだと知っているけど。
まだ人との接し方なんて分からないけど。
楽しい。
ただ、それだけ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。